隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十七章 始動-2

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 その夜、ライサはシャワーを浴び念入りに身支度を整え、ディルクの部屋をノックした。
 出てきた彼も、髪が僅かに濡れており、石鹸の香りが漂っている。
 二人は顔を合わせると双方顔を真っ赤にし、相手の顔を直視できないなんとも言えない恥ずかしさに俯き合った。
 ディルクは誰にも気づかれないように静かに扉を閉め、寝台へ導くと、最後に彼女に確認する。

「い、いいんだな? ほんとに。い、意味わかってない訳じゃないよな?」
「た、確かめさせて……くれるんでしょ? ぜ、全部……」

 ライサの言葉を聞くと、ディルクは決意を固めたようだ。
 ごくりと唾を飲み込むと、彼女の薄い寝巻きに手をかける。
 相手に全部聞こえるんじゃないかというくらい心臓の鼓動が高鳴った。

 一方、ヒスターという前例のためか、もっと強引にザクザクくると身構えていたライサは、彼の手の遅さにむしろ戸惑いを感じていた。

「あ、あの……」
「!? な! 何だ、どうしたっ?」

 ライサの声に即座に手を引っ込め、慌てながら心配そうな顔を向ける。
 そんな彼の反応に、ライサは恐縮する思いで俯いた。

「ご、ごめんね? やっぱり、無理……言っちゃってるよね?」

 自分のトラウマ克服のためだとか、微妙なこの態度とか、心当たりがありすぎるライサは……だからと言ってどうしたらいいかもわからず、謝るしかない。
 そして、当然ぎこちなくなっている理由の大半はそこからではない彼もまた、その言葉を聞いて慌てた。

「ち、違う! 違う違う! ただその……大口叩いといてなんだけど、俺もこういうこと初めてで加減がわからないっていうかそのっ、つまり、ええっと……下手したらごめん!」

 一気に言うと、はやる気持ちのままに脱がせかけの彼女を寝台に押し倒し、唇を重ねる。
 今まで以上に濃厚なその口づけに、ライサは驚きつつも必死に応える。幸いあの気持ち悪い口づけの記憶は蘇りもしない。
 いつしか夢中になり、お互いがのぼせ上がるのにもさして時間はかからなかった。

 ディルクの手はとても優しかった。素肌に触れられても嫌悪感は全くない。
 むしろその手の温かみと刺激が心地よく、例えようもなくくすぐったかった。
 恐怖が消え、時折小さく反応しながらもライサの緊張が徐々にほぐれていく。
 そしてぎこちないながらも丁寧に愛撫してくれると、そっと下腹部へとその指が伸びた。

「……!」

 ライサの身体が即座に反応する。心臓が爆発しそうな程ドキドキし始めた。

「ライサ? 悪い、いきなり過ぎたか?」

 ライサは涙を浮かべながら思い切り顔を振った。顔が紅潮し体が熱くなる。
 小さく「違う」と答え、両手で顔を覆った。

「嬉しくて……大丈夫だから……大丈夫だったみたいだから……!」

 他人に初めて触れられた、そんな新たなる緊張と未知なる行為への期待を感じている。
 それはとりもなおさず、ヒスターとは何もなく未遂だったということを示しており、それがわかって嬉しさに涙が出た。
 そんな彼女に、ディルクもまた嬉しさと愛しさを感じて堪らなくなる。

「じゃあ……続けていい……か?」
「うん……お願い、します」

 彼はそれから繰り返し彼女にキスをし愛撫を続けた。
 ライサも全力で彼を求める。
 肌を重ね、休み、また求めーー気がつけば夜が明けていた。


  ◇◆◇◆◇
 

「ライサ!」
「はは、はいっ!」

 リーニャに耳元で大声を出され、ライサは跳び上がった。またぼうっとしていたようだ。
 ライサは研究の手を休め、自分のデスクでネットをチェックしながら、リーニャの勉強を見ているところだった。
 ごめんごめんと言いながら、リーニャのわからないところを説明してあげると、そっと息を吐く。
 ふとすると、昨晩のことを思い出して呆けてしまう。
 今日は大人しくしていようと思いつつ、ライサはパソコンの画面に目を戻した。

 ガタッとライサが即座に立ち上がった。
 リーニャが驚いてライサに目をやる。彼女は振り向いてリーニャの顔を見た。

「リーニャ、今日キジャの訓練どこでやっているかわかる?」

 厳しい顔をしたライサに、リーニャは慌てて意識を魔力感知へと向けた。



 キジャの魔法上達は目を見張る程に早かった。元々それなりに誰かに教わっていたようにも思える。
 ディルクが聞いてみると、キジャは笑顔で答えた。

「ああ、親父だよ、父ちゃんは将軍だからな! 俺もいつかなりたいんだ」
「ほぉ、それは初耳。誰なんだ?」
「聞いて驚け、炎子えんし将軍様だ! どうだ、すごいだろ! な、な!」

 ディルクが本当にびっくりしているのを見て、キジャはえへんと得意そうに胸を逸らせた。

「あれ、お前ララ出身?」
「おうよ! 南聖マナフィ様のいらっしゃる街だ。お声かけられたことだってあるんだぞ」

 キジャが死の軍に捕らわれたのはラクニアが一番危機だった頃で、マナはディルクの代わりに国王軍におり、炎子も本軍にいたはずだ。

「そっか、悪いことしたな……マナフィがララにいたら、お前捕虜にされずに済んだかもしれないのに」

 四聖がきちんと街にいて、そんなことが起こること自体おかしいとは思っていたが、あの時の隙を突かれていたのかと。
 そして本軍にマナを呼んだのはディルクだ。
 しかしキジャがそれを知る由もない。困った顔で苦笑する。

「なんで兄貴が謝るんだよ」

 彼は魔法を行使出来るようになり、日に日に明るく意欲的になっていくが、そもそもこれが本来の姿だったのかもしれないーー炎子を思い浮かべて、ディルクはそう思った。
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