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復興編
第二十七章 始動-1
しおりを挟む「つまり、誰が相手でもネタになっていたのよね」
晴れて一日でラブラブカップル認定されたライサとディルクは、むしろ二人で堂々と大学のカフェでコーヒーを飲んでいた。
ヤオスは今頃失恋パーティの真っ最中かもしれない。
ライサは存外その状況を簡単に受け入れてしまっていた。
「よかったのか? こういう噂は」
「ん。仕方ないよ。こればかりは、本当のことだから」
晒し者という意味では、魔法世界の王都で十分晒し者になっていたしね、と思い出す。ライサは少しだけ懐かしんで、今の状況を噛みしめた。
一緒にいることによる僅かな緊張と、驚く程の心の安定。
こんなにも二人でいると心地よいものだったのかと思い知る。
今ならいろいろなことにも目を向けられる。山程ある問題も片付けていけそうな気になってくる。
二人は先日の話題を思い出していた。
二つの世界の一部が動いているというニュースについて、あらためていろいろ考えてみる。
沈黙をやぶってディルクが口を開いた。
「このカタート地方はさ」
そして、彼は衝撃的な事実を語った。
「王子が十五才の誕生日に、陛下から賜ってるんだ」
「え?」
しかし一拍置いて、彼女もまた驚くことを言った。
「このセディーユ地方は、姫様管轄なのよ」
し―んと沈黙が訪れる。とんでもない想像が二人の頭の中に浮かんだ。
「もしかして、王子様が動かしてるの? 何のために?」
「さぁ……新しい国でもつくるんじゃねー?」
突拍子もない言葉をディルクは言ってのけた。
ライサは信じられないといった表情を向ける。彼はふっと力を抜いて一言漏らした。
「あいつはどんなことでも、やるといったらやり通すぞ」
彼の知っている王子は、実はとても頑固であった。
どんなに非現実的でも突拍子もないことでも、やるといったらやりとげる人なのだ。
そもそもそんな王子でもなければ、敵国の王女と交流を続けたりなどしない。
ライサは両手で顔を抑えて唸った。
「でも……そんなことしたら、両世界の的になっちゃうわよ。何日ともたずに潰されちゃうわ。セディーユ地方は何にもないところだもの」
王女の身が危険にさらされる、ライサの顔はさっと青くなった。
ディルクはそんな彼女の手を握る。
「大丈夫だ。俺達が、いるだろ」
手の震えが止まった。そうだ、自分達が守るのだと。
二人ならどんなことだって乗り越えられる、不思議と力が湧いて来る。
そして同時に、彼らは再び始まる戦いを予感していた。
「多分……さ、俺たちは結局、戦争の煽りをあまり受けなかった——王子達のいるようなところでしか、ずっと一緒にいられない。俺もお前も……どちらかの世界を選ぶには……殺しすぎてる……」
ディルクの言葉に、ライサは自分が宮廷博士として魔法世界に行ったらと想像した。
以前は屈託なく接してくれた魔法使い達も、相当複雑な気分になるに違いないと。
家族や親しい人を失った者が、街の人が、敵のトップを抵抗なく受け入れるのは困難だろう。
戦争だ、仕方のないことだと言っても、怒りや憎しみは測り知れない。
顔も見たくない場合だってあるだろうし、トラウマを呼び起こすかもしれない。
そしてそれはディルクにも言えることだった。
正体を隠し、魔法使いであることも言わず、今まではこの世界で何とかやって来ることができた。
しかし完全に魔力が回復し、東聖として皆に知られてしまったら、彼がここにいることは難しくなるだろう。
その時は遠くない。それは彼の先日の魔法や、つけ始めた額のバンダナを見ても明らかだった。
そうなる前に二人、関係を修復できて本当に良かったと思う。
「そうだね……まだ何も終わってなかった……逃げちゃ、駄目なんだわ。全てから」
ライサは握られた手を見ながら呟いた。
今までそれを受け止め、考えることすら怖くて仕方がなかった。
「俺は魔法世界のことはどうにかなっても、科学世界を動かすことは出来ないからな」
私も、と彼女は微笑んだ。今はお互いが限りなく心強い。
二人はそれから具体的な計画をどんどん立てていった。
休憩時間は、驚く程すぐに終わる。
「なぁ、ライサ」
ラボに戻る階段手前でディルクが声をかけた。
周囲に気を配り、階段下の暗がりへ誘導する。そしてそのままキスをしようとしてーー止まった。
「やっぱりな、お前まだ無理してるだろ」
「!」
ライサは拒絶しないものの、身体をぎゅっと強張らせ、目を固く瞑っていた。
「嫌なら嫌って言っていいんだぞ」
「嫌じゃ、ない」
彼女は即座に否定した。ぎゅっと口を噛みしめる。自分でもわかっていた。
傍にいる分にはいいのだが、求められると身体が強張り、震え身構えてしまう。
原因もわかっている。ヒスターの記憶だ。あの忌まわしい記憶が彼女に刻まれている。
でもこれではまたディルクを誤解させてしまうだろう。
ライサは震える身体を抑えながら意を決し、しどろもどろに訳を話した。
「わ、私その……実は、何度か、ふ、触れられて……ヒスター様に……」
しかも彼女の心は戦時中ボロボロだった。
いつ何をどこまでされたのかの記憶が曖昧なのである。それが尚更不安と恐怖になっているのだった。
ライサは涙を浮かべながら、それを正直にありのままに話す。
「んー、俺は別に気にしないけどな。そりゃ、あの国王はぶん殴り足りないけど」
彼は困ったように続けた。
「それでライサに触れられない方が、嫌だし」
それも彼女には痛い程わかった。
でも反射的に記憶が蘇ってしまうのだーー吐き気がする口づけ、肌を這わせる指。
ディルクはそんな彼女を見て、うーんうーんとしばらく考えていたが、やがて言いにくそうに口を開いた。
「……なら、確かめてみるか、気になるなら……」
ライサは意味がわからず怪訝な顔を向ける。
「確かめる? どうやって?」
「だから……っ」
ディルクは顔を真っ赤にして逸らし呟いた。
「今夜……来いよ、俺の部屋。一緒に、確かめよう……全部……」
言うと、あまりの恥ずかしさに急いで階段を駆け上がって行ってしまった。
「……今夜?」
残されたライサは首を傾げる。
彼女が意味を正確に把握したのは数十秒後だった。時間差で心臓が跳ね、顔が真っ赤に染まっていく。
その日はあまりの動揺っぷりに、その後何も手につかなかった。
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