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復興編
第二十五章 各々の一歩-3
しおりを挟む「せやから、ここはこっちの式当てはめたらええんや、あほ!」
「わかってんよ、今それ考えてたんだからな、ばーかばーか」
大学構内のベンチで、場違いな少年少女が言い争いをしている、のどかなお昼下がり。そこに一人の若者が声をかけた。
「お前ら、こんなところで何してんだ、喧嘩かー」
「あ、ディルク兄ちゃん!」
「おお、兄貴」
言い争いをしていた二人、リーニャとキジャから元気な声が返ってくる。
今日は週に二度の研究室訪問の日で、学校が早めに終わったので、早めに来て宿題などをやっていた。
「聞いてくれよ兄貴ーこいつちょっと科学知ってるからってちょう偉そうなんだよ、くっそ!」
「へへーん! うちはライサ直伝の基礎あるんやから。土台がちゃうんや、土台が……」
続けようとして、リーニャはディルクの顔を上目遣いで伺った。まずいという表情が浮かぶ。
彼女がライサから科学を教わったのは魔法世界の旅の途中のことであり、ディルクにはきっちり止められていたのを思い出したからだ。
ディルクはちょうど持っていたポスターの筒で、軽くリーニャをたたく。
「コラ……ったく、まぁ、知ってたけどな」
えへへ、とリーニャは照れ笑いをし、すぐそこにライサを見かけて話題をそらせた。
彼女は現在、教授のいる研究室に顔をだしては、独自に研究などをしている。
「あ、ほら、ライサや! ライ……あれ?」
よく見ると向こう側に誰かがいるのがわかった。ヤオスである。
二人は少々微妙な雰囲気を醸しながら、仲睦まじそうに歩いていた。
ドクッと、ディルクの心が僅かに動揺する。
「あの姉ちゃん、よくあの兄ちゃんといるよな。付き合ってんじゃねーの」
邪魔すんなよリーニャ、とキジャが思ったことをそのまま口にだす。
リーニャは何とはなしにディルクの方にちらりと目をやりーーそして立ち上がって声をあげた。
「ラーイサぁ!」
そのまま彼女の方へ元気良く駆けていき、思い切り抱きつき、聞いて聞いてーと勢いのままとりとめもないことを話し出した。
二人に流れていた微妙な雰囲気は一瞬にして消え失せる。
隣ではキジャが、あーあ、と呟くが、ディルクはホッとしていた。
キジャの言うとおり、最近二人の恋人説が真しやかに流れているのをディルクも聞いており、その度にもやもやしたものを感じていたからだ。
キジャはベンチから立つと、うーん、と腕を上に伸ばし、軽く身体をほぐした。
そして一呼吸置くと大きく息を吸い、両手の平に意識を集中する。
彼のオーラがゆっくりと動き、徐々にそこに収束を始めた。とても綺麗な流れだ。
しかしそれも束の間、彼の顔はだんだんと歪められていく。そしてついにその魔力の流れは、パンッと弾け飛んでしまった。
「あーくっっっっっそ! やっぱりうまくいかねぇ! はぁ……」
「へぇ、いいもん持ってるじゃないか。素質あるな、お前」
思わぬところから声がかかり、キジャは驚いて振り向く。「ん?」とディルクは見返していた。
「お、おま、おま……っ! 今の見て? わかったのか、魔力が!?」
「俺、魔法使い。言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇええよ!」
キジャの絶叫に、ディルクは思わず首を傾げる。
確かにわざわざ魔法使いだとかいう機会はなかったし、実際魔力も戻っておらず使っていない。
更にディルクは変にこの世界に慣れていたので、見えない道具もそこそこ使いこなし、昔よくやったポリバケツに突っ込むなどということも何となく回避し、教授に言語プログラムを受けていたので言葉も科学世界のものだ。
「そーか、結構わかんないものか。そっか……」
教授は最初から知ってたし、それにリーニャと仲良いから聞いていると思っていたのだが、意外に話してないのかな、とブツブツ呟いた。
キジャはそんなディルクの横に、ストンと腰を下ろす。何か苦悶しているようにも見えた。
「ほんとに、素質、あると思うか? 兄貴……」
「え、もちろん。将軍クラスとか狙えるんじゃね?」
その言葉を聞くと、キジャは困ったような笑みを浮かべた。兄貴、魔法しょぼそうなのにでけぇこと言うな、と。
そして彼は自分の額から、つけていたバンダナを外す。
そこにはいっぱいの傷跡が広がっていた。
ディルクはあまりのことに驚きを隠せない。魔法使いにとって額は命だ。
「俺は捕虜としてこの世界に連れて来られたんだよ。これは死の軍って奴らに付けられた」
一年半前、時期的にはちょうどラクニアのウイルス事件がピークだった頃だろうか。
死の軍に捕らえられ傷つけられ、キジャは科学世界の王都に連れて来られた。
そこで研究対象にされたのだが、軍に捕らえられた時程酷い扱いではなく、最終的に解放してここに送ってくれたのはそこの責任者、宮廷博士のブルグ爺さんだったのだという。
「一応爺さんの紹介で、この世界で一番らしい治療は受けたんだけどな。で、魔法もちょっとだけ扱えるようになって、だからリハビリしてんだけど、さ」
何せ自分一人でどうしたらいいかもわからない。
リーニャはバカだし、と呟くと、ディルクはそっとキジャの額に触れ、覗き込んだ。
「治りそうだけどなぁ。俺ラクニアの名医知ってるから、いつか紹介出来るといいけど」
「そ、そうなのか? はは、でも国に帰れるかもわかんねぇや……」
泣きそうな顔をして笑うキジャに、だが彼は思いがけないことを言った。
「じゃあそれまで、俺がリハビリ指導引き受けてやるよ。で、後で額も治れば万々歳だ」
よっとディルクは立ち上がってキジャに笑いかける。
「は? 兄貴、魔法使えんの? ちょーう魔力感じないんだけど」
「使うのは俺じゃないだろ。ちゃんとついて来いよ、俺はスパルタだぞ!」
言うとさっさとグラウンドの方へと歩いて行く。
キジャは慌ててその後を追った。
「なぬ!? ディルク兄ちゃんに魔法の稽古つけてもろてたんか!」
軽く一時間程レッスンを受け、戻って来た時にはキジャは精魂尽き果てていた。
ディルクはそのまま教授の手伝いに行ってしまうが、ぬかりなく課題まで残していく。
「リーニャぁ、お前知ってたのかー兄貴が魔法使いってー」
しかもとんでもないぞあいつ、この一時間で、どうやってもガタガタだった基礎魔法が、問題なく行使できるようになってしまったと続ける。
「よかったなぁ! キジャ、あんた将来ど偉い魔法使いになんで!」
頬杖をついて面白そうに「絶対や」と太鼓判をおすリーニャに、仕方ねぇなとつぶやきながら、少年はおもむろに課題リストを手に取るのだった。
◇◆◇◆◇
「王子!」
海岸にでていた王子の背後からボルスの声がかかる。
「仰せのとおりの魔法陣をカタート地方に敷いてまいりました」
王子は「ご苦労だったね」と一言言うと、なにやら杖のようなものを取り出した。
国宝“竜の角”。魔法を超広範囲にわたってかけることができる代物である。
王子が長い長い呪文を唱えると、みるみるうちに巨大な魔法のオーラが漂い始める。
ボルスはその国宝の魔力の巨大さに思わず後ずさった。
「大陸移動!」
王子が叫んで杖を足元の地面に突き刺すと、地面が震動したような感覚が起こる。
だがそれは一瞬で消えた。あとは何も起こらなかったかのように静寂が訪れる。
ボルスが恐る恐る王子に何をしたのか尋ねたが、王子は微笑しただけで、何も答えなかった。
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