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復興編
第二十五章 各々の一歩-2
しおりを挟むライサはヤオスとともに家に帰り、ナターシャも大学へ、キジャとリーニャはそれぞれ学校の課題をこなしに部屋に戻って行った。
客間には、お菓子の片付けをするディルクと、お茶を飲む教授のみが残る。
「そろそろ話してもらえないかね?」
教授は傍らの若者に遠まわしに聞いてみた。彼の手がピクリと止まる。
ディルクが教授の雑用係になっておよそ二ヶ月。
彼はあまり自分のことを話していなかった。自分の身元も何も。
実際入院時はそんなことを話せる状態ではなく、雑用係になってからも目まぐるしく毎日を過ごしており、そんな余裕はなかったのだ。
しかしライサを助けに行ったとき、彼は教授の指示を聞く前に動いていた。
それどころか口調からも、昨日今日の知り合いではないと推察できる。
この世界に影響を与える程の力を持つ彼女に、少なからず関わる者ならば、知る意味はあると教授には思われた。
ディルクはしかし、慎重だった。まず相手の情報を求める。
教授は一体どこまで知っているのだろう、と。
全く知らないとは思えなかった。知っていて、あえて問い詰めたことはなかったのだと、彼には思えた。
「……何からお話したらよろしいでしょうか」
教授はディルクの言葉に少し感心しながら、にこりと微笑んだ。
「私は、君の素性は大体知っていると思うがね」
「……リーニャに、聞きましたか?」
話が長引くと思った教授は、ディルクを座らせ、新しいお茶を淹れだした。
一口飲んで息をつく。
「いや、それもあるが、私はラクニアで西聖殿にお会いしてね」
「ガルに!?」
ディルクは驚いた。
ガルはラクニアの街の人の顔を、ほぼ全員把握していたのだ。
よそ者の、しかも異国人などに会えば、すぐわかるに決まっている。
「西聖殿は私を見ても、攻撃をしかけては来なかったよ。笑って、そして向こうにいた君の方を指差した。何かあったら君に言うといいーーそれだけ言って去っていったのだ」
ディルクはへたへたと、力が抜けていくのを感じた。こんなところで思いもよらない話を聞くとは、と。
「ああ、じゃあその後に俺が言ったガルの死亡宣言を聞かれたんですね」
その時ディルクは大々的に名乗っている。
道理で初対面の筈の自分のパニックを適切に助けられた訳だと、彼は納得した。
「言語プログラムにはお世話になりました」
教授に会った時を思い出し、頭を下げる。
魔力を失くしていた彼は、最初、言葉もまともにわからなかった。
ディルクが目を覚ましたのは、クアラル・シティの病室のベッドだった。
魔法が全く使えないどころか、身体すら動かない。
見知らぬ場所、見えない病院の器具、通じない言葉、自由の効かない身体は、ディルクを恐怖と不安に陥れるのに十分な効を成した。
病院のスタッフも困惑しているのがわかる。
しかし彼はまるで赤ん坊のように言葉にならない声を上げるしかなかった。
そんな中、一時も忘れず思い出していたのは、他ならぬライサのことだった。
意識を失う寸前に見えた彼女は酷く弱々しくなっていて、今にも死にそうであったのを覚えている。
何度も謝られたのを覚えている。
撃たれたことに恨みなど全くなかった。
敵だった。戦争だった。どうしようもなかったことくらい、嫌と言うほど身に沁みていた。
それよりも心配で仕方がなかった。
彼女は無事か、ちゃんと何処かで生きているか、毎日そればかりを考え、不安に捕らわれた。
見えるものが変わった時ですらこんなパニックにならなかったのは、彼女が傍にいたからだ。
ーーーー二人でなければ駄目だーーーー
亡くなった同朋二人の言葉を強烈に痛感したのはこの時である。
思えば思うほど、今彼女がいないことに自分を保てなくなっていく気がした。
そしてある日、何気無く聞いたテレビか何かで、ライサの名を聞く。
ディルクが僅かに知る科学世界の単語の中で、ライサの名前、宮廷博士、そして続く「死亡」という報道。
何度も聞き直した。しかしそれ以外に聞き様がなかった。
あの時の絶望感は本当に危険だったと今でも思う。集中治療室らしきところにも入っていたと思う。
そして、その危篤状態の時に彼の元に訪れたのが、他ならぬ教授だった。
教授は、言葉を話さず、瀕死状態であった彼に、即座に言語プログラムを用意した。
「最初はわからなかったよ。あまりにあの頃と変わり過ぎていてね。流石はライサ博士の兵器。君がボロボロだったのは、彼女の兵器によるものだったのだね?」
「今更ですが、とんでもない強敵だったと思っています」
はは、と教授は笑いながら、お茶をすする。
言語プログラム処理後の彼は、落ち着きを取り戻し、徐々に回復に向かう。
話せない、伝えられないということは想像以上に負担となっていたのだった。
ライサに関する死亡ニュースも、きちんと聞けば推測だったとわかる。爆発地点からの推測なのだから、実際助けた張本人の彼が間違うはずもなかった。
教授は湯飲みを置いて続けた。
「この国としては……最大の敵である君を許さないという者も多いだろうね」
今のところ、魔力も十分に戻らず、隠れることが出来ているが、このままではいられないことはディルクも感じている。
「でも個人的には感謝するよ。君は被害規模を抑え、ライサ博士も救ってくれた」
「いえ……」
究極的には自分のためだとは言えずに、口を噤んだ。
僅かに頬を染める若者に教授はおや、と首を傾げる。
「ところでここからが本題だが……」
教授がディルクを真っ直ぐ見据えた。
彼がこの先どういう行動をとろうとも、これだけはどうしても聞いておかねばならなかった。
「王女様……それにそちらの王子の行方を、君は知っているのかね」
終戦と同時に消えた二人。
王女は元より、行方不明の王子にも今では死亡説が囁かれ始めている。
ディルクは少し迷ったが、静かに答えた。
「知ってます。もともとこの計画は、俺とライサで考えたものでした」
教授はその言葉に目を瞠る。
以前から王女とライサの行動を知り、大体の予測は立てていたものの、まさか最大の敵同士であるはずの二人の共同作業とは思ってもみなかった。
王女と王子の痕跡は何もなく、未だ生死すら不明という、本当に見事な手際である。
「バラバラではなく、俺とライサの二人の協力が吉、と予知した仲間がいたんです」
目を伏せながら、ディルクは少しだけ経緯を伝える。
話しながら、二人で取り組んだことは驚く程みな上手くいっていると痛感する。個々では間違いだらけなのにと。
「そうか。君とライサ博士はウマが合うのだね」
「そうですか、ね……?」
言われてドキリとし、再び居心地悪そうにディルクは答えた。教授は思わず微笑む。
「君達は、同じレベルの同じ感覚で互いを補い合えるのだろう……二人でいるのがいいよ」
教授は確信した。
この聡明で心優しい、最強の魔法使いの若者はーー彼女のことが好きなのだと。
それが分かり、ひどく安心したのだった。
◇◆◇◆◇
ライサはアルメス家をでた。
素性を知られてしまい、ヒスターに一度見つかってしまった以上、ヤオスのところにはいられなかった。
彼女は深くお礼を言ったが、おかみさんも次男も「ライサ・ユースティン!?」と聞いただけで恐縮してしまい、逆に今まで一緒に生活していただけでも身に余る光栄、とばかりにお礼を言われてしまう。
移動先の教授宅には奥さんがいたが、息子も娘ももう結婚して家を出てしまっていたので、彼女をとても歓迎してくれた。
他にもキジャやリーニャ、それにディルクも教授宅にひきとられている。
ライサはキジャやリーニャとはよく遊んだりするが、ディルクとはすれ違いが多く、顔を合わせない日が続いていた。
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