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復興編
第二十三章 スタースワットの学会-4
しおりを挟む「キャ――――ッ!!」
突然、先程までいた広場の方から悲鳴が聞こえた。
女の人の声である。それもよく知った声だった。
ライサとヤオスは反射的に広場に向かって走り出す。その声は、ナターシャの声だったのだ。
広場には人垣ができていた。悲鳴を聞いて、何事かと多くの人達が様子を見に集まっている。
後から来たヤオスとライサには、どうなっているのかわからない。なにやら口論しているようだが、ざわついていて聞き取れない。
人垣を押しのけながら二人は中心部へと向かった。やっと少しだけ見てとれるところまでやってくる。
「も、申し訳ございません……私、気付かなくて……」
ナターシャが怯えながら、自分の手首を掴んだ男と、傍で指示を与えている男に、交互に頭を下げていた。
ヒスター陛下とダガー・ロウだった。
国王が亡くなり、王族も殆ど行方不明の今、実権を握っているのはヒスターで、彼の顔はマスメディアなどによって広く知られている。
そして誰も何も言わないが、指名手配中のダガー・ロウの顔も誰もが知っていた。
ナターシャも一目で、相手が名乗らずとも誰なのか把握した。
そしてその存在の大きさと権力も。
しかし震えながら何度も自分の行動を思い返してみたが、何故そんな人達に目をつけられたのか、さっぱり心当たりがない。
二人に彼女を解放する気配はなかった。まわりの人たちも、彼ら相手では口も出せない。
しかし、まさにナターシャが連行されようとしたとき、傍らから制止の声がかかった。
「なんぞ、私のところの学生が失礼をはたらいたようだが」
ざわっとまわりがどよめいた。ヴィクルー博士がやってきたのだ。
だがヒスターは全く怖気づきもせず、堂々と彼に答えた。
「おやおや、これはこれはヴィクルー宮廷博士殿。貴方のところの学生でしたか」
教授はヒスターとダガーをそれぞれ一瞥した。ヒスターはにやにや笑いながら続ける。
「この者が私の足を踏みましてね。国王に危害を加えた者には制裁を与えねばなりません」
ナターシャは泣きそうな顔をして、「少し触れただけよ」と訴える。
そしてダガーの顔が、そんなものは口実で、最初から仕組まれていたということを物語っていた。
理由はわからないが、教授は呆れつつなんとかまるく収めようと試みる。
「それは大変な失礼を致しました。この者には私からよく言っておきますので、ここは見逃してやってはいただけませんかな」
だがやはり、教授の言うことも、ヒスターは耳を貸そうとしなかった。
「ったく、どういうことだよ、なんでナターシャが……」
ヤオスはライサと身を低くしながら事の成り行きを見守っていた。
自分が出て行ったところでどうにもならない。ならばせめて邪魔にならないようにするしかない。
ヤオスはライサをこの群集から離そうと思い、彼女のほうを見た。
「ど、どうしたんだ、リア……!?」
傍らの少女は、捕らえられているナターシャと同じくらい青い顔をしていた。ガタガタと、寒くもないのに彼女の体は震えている。
俯いて、体を小さく丸めーーそしてその様子は何かを決心しているようだった。
とうとう教授はナターシャを取り戻せなかった。
これ以上口論すれば、教授一人だけでなく、周りの者達にも被害が及ぶ可能性がある。宮廷とも関わりを持つ教授は、その辺の引き際をわきまえていた。
後日立場を利用して取り戻すしかないなどと考えながら、彼女が連れていかれるのを、黙って見送る。
と、そこに一人の少女が声をかけた。
「先生……私が、行きます。……ご迷惑、おかけしました」
「リア!?」
教授が振り向くのと、ヤオスがライサを呼び止めるのは同時だった。
教授は少女の顔を見て驚く。
ヤオスは相変わらず「リア、リア!」と呼びながら、教授とライサの顔を交互に見ていた。
だがしばらくして、教授の反応が意外なのに口をつぐむ。
「貴方が……リアさん……? いや、気付くべきだった……」
ライサはかけていた伊達眼鏡を外し、教授の言葉に微笑み返した。そのままヤオスの手を振り解き、連れ去られていくナターシャの後を追う。
ヤオスはライサの後を追おうとしてーー教授に止められた。
「お待ちください、ヒスター様!」
ヒスターとダガーとナターシャは同時に振り向いた。
涙ぐむナターシャとは対照的に、ヒスターとダガーは心底嬉しそうな顔をする。
まわりにいた取り巻きたちにも変化があった。そう多くはなかったが、彼女の出現に驚く声がちらほら上がる。
ナターシャは不思議そうにライサを見た。
「リア……?」
ヒスターはにやりと極上の笑みを浮かべた。
「これはこれは、ご機嫌よう……ライサ・ユースティン宮廷博士殿」
新国王の言葉に、まわりが一斉にどよめいた。
周囲の目が突然現れた一人の少女に注がれる。
ライサはまわりには目もくれずにまっすぐヒスターを見据えた。
「お戯れはおやめください。彼女を放していただけませんか!」
凛とした響きを持つライサの言葉に、ヒスターはダガーに「放せ」と小さく命令する。
ナターシャはあっさり解放された。彼女は元からライサをおびき出す餌にすぎなかった。
おそらくライサが気づく前ーー教授の発表が終わったときにナターシャと話をしていたのを、ダガーに見られていたのだろう。そして、すぐに追うことをせず、彼女から出てくるよう仕向けたのだ。
ライサは、ナターシャを見捨てることなど出来なかった。
「ライサ・ユースティン……? リアが……?」
彼らのやり取りを聞いていたヤオスは驚きに目を瞠った。
だが、よくよく思い出してみれば、思い当たることはたくさんある。
あらゆる分野にわたる多彩な知識、学問への興味など、普通の少女とは言いがたい。
それに彼女の家事は徹底していた。王宮で王女の側近を勤めていたのなら頷ける。
呆然とするヤオスを横目に、教授は自分の手足とも呼べる人物を捜したが、いつも傍らにいるその若者の姿はなかった。
教授は軽くため息をつく。
(めったなことはないとは思うが……)
祈る気持ちで教授は空を見上げた。
◇◆◇◆◇
「教授、あの子はどうなってしまうんですか!?」
ナターシャが教授に詰め寄った。ヤオスも傍で、真剣な顔をしている。
「確か、以前ライサ・ユースティン博士は、次期国王ヒスター殿下と婚約したって……」
教授は考え込んだまま無言を通している。
ナターシャはライサに助けられたのだ。放っておくことなど出来ない。
「あの子は名前を変えてまで、あの国王から逃げていたんじゃないんですか?」
ところが、対する教授の言葉は冷たかった。
「……帰るぞ」
一瞬ナターシャとヤオスはわが耳を疑った。
教授はそれ以上何も言わずにさっさと荷物をまとめ始める。学会は今日で終わりなのだ。
「教授!」
かといって、圧倒的な権力を前に、一介の学生に過ぎない彼らにはどうすることも出来ない。
ナターシャは悔しそうな顔をした。
教授も今は動けないことくらいわかっている。でも何か言わずにはいられなかったのだ。
帰りの列車の時間がせまっていた。
とうとうナターシャは折れて、帰る支度をすませる。
ヤオスも肩を落としながら自分の研究室の皆のところへ帰っていく。
列車の中で、教授は終始無言だった。
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