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復興編
第二十三章 スタースワットの学会-2
しおりを挟む学会は順調にすすみ、九日目が過ぎようとしていた。
大体の人は会場の傍にホテルをとっている。ヤオスとライサにも、研究室単位でとったホテルの個室があてがわれていた。
特に教授から召集もかからなかったので、皆ロビーでわいわいくつろいでいる。
いよいよ明日で学会も終わりだった。
「あ、いたいた、ヤオス! リア!」
そこにナターシャがやってきた。
彼女は彼女の研究室単位で別のホテルに泊まっている。ヤオスが泊まるホテルを彼女に教えておいたようだ。
ヤオスとライサは他の人達から離れ、ナターシャのほうへ向かった。
「お疲れ様。どうだった、この九日間?」
彼女の言葉に、呆れながらヤオスが答える。
「もーリアは鉄砲玉だよ。僕のほうが疲れてしまってね」
ヤオスの言葉にライサは照れて小さくなった。
そんな彼女の様子を見て、ナターシャは笑う。
「うん、結構結構! 元気が一番よ、リア! 明日はいよいようちの教授の発表なの。来るでしょ?」
ナターシャの言葉にライサは少し明るさをとりもどし、すぐさま肯定した。
「もちろん! 先生の発表はとても楽しみにしてるんです!」
ヤオスはやれやれといった顔をしている。
当然のことながら、ヤオスにはナターシャのところの研究分野など分からない。
ただまあ、国を代表する宮廷博士ヴィクルー氏には興味があるし、覗いてみるといった感じである。
ヤオスとライサは、ナターシャをホテルまで送っていった。
翌日の準備の為大忙しだろうに、わざわざ声をかけに来てくれていたのだった。
帰り道、二人は並んで歩いていた。
ヤオスはふと今までのことを思い出す。
この九日間、彼女には感心させられることばかりだった。発表の後で、内容の説明をしてもらうこともよくあった。
彼女の説明はとてもわかりやすく、発表内容の反復までしてくれた。
そしてそのたびに、ヤオスは自分の心臓が高鳴るのを感じていた。
「リア……さ」
無言で歩くのも空気が重いので、ヤオスはそっとライサに話し掛けた。
「すごく、よくいろんなこと知ってるよね。すごいなぁって、さ。一体どこで学んだの?」
ライサは突然の質問にーー寂しそうに微笑んだ。
何処ーー王都、王立研究所や王宮ーーだがそんなことを言えるわけはない。
代わりにヤオスの前半の言葉にだけ答える。
「……そんなことないです。全然、すごくなんて……ない、です……」
何を学ぼうが、知識を得ようが、思うように使えなければ意味がないーーそう言って哀愁を漂わせた彼女の横顔が、暗い月明かりの中とても綺麗に見え、ヤオスの心臓が高鳴った。
彼は静かに足を止める。ライサもヤオスが足を止めたのにあわせて止まった。
「僕は、今までいろいろリアに教えてもらって……そんな君をすごく、魅力的だと思ってる」
しどろもどろにヤオスは言葉を紡ぎだした。
ライサは彼が何を言いたいのかわからず、不思議そうな顔をしたまま沈黙を保っている。
「それで、出来ればその……僕と……」
ライサはなんだか続きを聞いてはいけないような気がしてきた。すっと後ろを振り向き、ホテルに向かおうとする。
だがヤオスはそんな彼女を追って正面にまわり、手をつかんではっきりと告げた。
「僕と、付き合ってください!」
辺りは十分暗かったのに、ライサはさらに闇が落ちてくるような錯覚を覚えた。
悪夢が、甦る。
身を引き裂かれるような悲しい別れが。
最愛の人をその手で撃ち殺したその記憶が。
付き合って、大事な人になった後に、その醜い真実を知られてしまったらーー。
そしてまた同じ結末を迎えることになったらーー。
深い関わりがこわい。特別な関係が、こわいーーーー。
「ごめ……んな、さい……」
ガタガタと小さく震えながら、ライサは答えた。
ヤオスは小さく落胆していたが、彼女はそれだけ言うのがやっとだった。
ライサはヤオスをおいて、目の前のホテルへ逃げるように走り去る。
部屋に入って、ベッドにもぐってからも、しばらくライサは震えていた。
堪えていた涙が溢れる。もういない魔法使いの彼の顔が浮かび、苦しくてたまらなくなる。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……っ」
耐え切れずに嗚咽をもらし、それから小一時間、ライサは静かに泣き続けた。
◇◆◇◆◇
「あっナターシャ、おかえりー。どうだった?」
ナターシャの研究室の同僚が、彼女が帰ってきたのを見て声をかけた。
「ええ、ヤオスもリアも来るみたいよ。誘っておいたわ」
明日の発表に向けて、バタバタと教授の部屋が慌しいのを横目で見ながら、ナターシャは伝えた。
先程から雑務係の若者が行ったり来たり忙しそうにとびまわっている。
「今年は教授もちゃんとしたデータとれたから、大張り切りなのよね」
今まで仮説で終わっていた魔法使いの分野が、戦争により境界がなくなったことで急速に進んだのだ。
「なになに、来てくれるのかね、リアさんは」
突然二人の会話にひょこっと教授が顔を出した。
傍らで雑務係の若者が困ったような顔をして荷物を抱えている。
ナターシャが彼女の話をしてからというもの、リアは教授のお気に入りであった。もちろん、ナターシャの論文という実績があってのことではあるが。
彼女は苦笑しながら教授に答えた。
「ええ。いらっしゃるそうですよ。もう、彼が困った顔してるじゃないですか」
雑務係の若者に気を使いながら、ナターシャはもう一人の同僚と、教授の手伝いに加勢した。
若者は嬉しそうに御礼を言う。
「助かります。この箱、まだあと五十箱も運ばなきゃならないんですよ。あ、教授、スクリーンの方やりますので、そっちのほうお願いします!」
てきぱきと、教授に指示まで与える。二人は少し唖然とし、苦笑した。
「よかったですねー教授。手際のよい助手が入ってくれて」
教授は忙しいときでも少々のんびりしたところがあるので、まわりのほうが焦ることがよくあった。今回はそんなこともなさそうだ。
わははは、と笑いながら若者と去っていく教授を見送りながら、二人も明日の準備に向けて動き出した。
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