隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十一章 戦いの果てに-2

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 王子は海を眺めていた。

「シルヴァレン様!」

 王女の声に、王子が慌てて、走ってきた王女に駆け寄る。

「シャザーナ姫、駄目じゃないか、走っては。そなたは身重なのだから!」

 よくよくみると、王女の腹部がかすかに膨らんでいる。
 王子の心配する声に、だが王女は全く気にした様子もなく答えた。

「大丈夫よ! 会いたかったの」

 王女の満面の笑顔に、惚れた弱みか王子は注意するのをやめ、彼女をそっと抱き寄せた。
 サヤとボルスは気を利かせて去っていく。ここには危険なものなど何もなかった。
 王子と王女はゆっくりと白い砂浜に歩いて行く。
 二人とも目は広い広い海のほうを向いていた。

「結局、全てがあの二人の予定通りに動いてしまった……」

 王子はもういない友人の姿を思い浮かべる。

『絶対また会える。しかもそれで戦争は終わりだ。万々歳だぞ』

 確認せずともわかる。
 二人は戦場で再会して、そして、それがきっかけとなり戦争は終わった。
 しかも不可能と思われた王子と王女の再会などという置き土産まで遺してーー。

 悔しかった。
 それ程までに力を持ちながら、どうしてもっと自分の幸せに目を向けてくれなかったのだろう。
 どうして敵対するのを回避できなかったのだろう。
 彼らが決めたことは何があっても結局その通りに動く。
 でも主として、その決定を別の方向に持って行かせることも出来たかもしれないのに、と。

 傍で王女が心配そうな顔を向けたので、王子は思考を中断し、彼女にそっと声をかけた。

「すまない……ライサさんはまだ見つかっていない」

 終戦し落ち着いた後、ボルスに何度か爆発地点を中心に捜しに行ってもらっているのだが、何も見つかっていないと告げる。
 その言葉を聞き落胆する彼女に、「でも」と続ける。

「ディルシャルクが、絶対助けようとした筈なんだ。例え、自分の命を落としてもね……」

 王子は小さい頃から彼を知っており、その力も性格も十分承知している。

「彼が命がけで助けようとした人が……助からない筈ないんだ……」

 科学世界がライサを死亡と認めた今でも、王子は彼女の生存を確信していた。
 王女はそんな王子を少し羨ましく思う。そして同時になくしたものの重みもずっしりと感じていた。

「……あの子が……一番辛い想いをしていたの。私は……何も出来なかった……」

 王子につかまる手に力をこめ、海に落ちていく夕日を見ながら王女は呟く。
 無表情の人形と化した彼女の姿が忘れられない。

「私の方こそすまない。あの日何があっても、二人を別れさせるべきではなかった」

 王子はライサが帰った日を思い出す。
 境界まで彼女を送り戻ってきた時の、友の苦渋に満ちた姿を。
 王子に気づくと、彼は瞬時にいつも通りになったが、声をかけることすら躊躇われてしまったあの時。

「……償いを、しなければならないな……」

 王子が呟くと、王女は「ええ」とだけ言って、そのまま夕日が沈むのを眺めていた。


  ◇◆◇◆◇


 ライサは見知らぬ所にいた。
 辺りは霧がかかったように真っ白で何もない。誰もいない。
 完全に一人ぼっちのまま、当てもなく歩いている。だんだんと不安と寂しさが襲ってきた。

(どうしよう……)

 ライサはキョロキョロ辺りを見回した。すると、先のほうに誰かいるではないか。
 彼女はその人物のほうへ近づいていく。見覚えのあるマントに後姿。
 ライサは思わず声をかけた。

「ディルク!」

 その人物は彼女の声が聞こえたのか、ゆっくりと振り返る。
 にこりと微笑んで「ライサ」と口を動かした、その時だった。

 ガ――ンという鋭い音とともに、彼が血まみれになっていく。

 見ると自分の手には銃と、それに返り血がべったりとついており、更にその血がどんどん広がっていった。
 当たり一面、空も地も真っ白だったのが、みるみるうちに真っ赤に染まる。
 ライサは耐え切れずに声を張り上げた。

「キャァァアアアアアアアアッ!!」



 自分の声でライサは目を覚ました。
 辺りはうっすらと明るくなってきており、小鳥の声が微かに聞こえる。

「あ……あ、う……」

 ライサの目は涙で濡れていた。
 夢を見ながら泣いていたようだ。息も荒い。心臓の鼓動がこれ以上ないくらいに速くなっている。
 恐る恐るまわりを見渡してみる。
 大分慣れてきた自分の部屋。家具はベッドと簡単な物入れくらいで、殺風景な部屋だった。
 それでもちゃんとした一軒家の一室で、上質ではないがきちんと布団もかけている。

 ライサはあれから、フラフラとあてもなく彷徨い、戦争孤児としてこのアルメス家にひきとられていた。
 ここは王都から南東に大分離れており、戦争の被害も比較的少ない、大きな街の一つである。
 王都ほどではないにしろ、十分流通もよく人口も多いので、住みやすい地域であった。

「大丈夫かい? リア。なんか今朝もうなされていたみたいだけど……」

 アルメス家の長男ヤオスが、トーストにバターを塗りながらライサに尋ねた。
 リアとはライサのことである。
 名前を変え、姿を変えていた彼女の正体を知る者など、この家にはいない。

「え? ええ、大丈夫です。すみません、心配かけてしまって……」

 ライサはヤオスに紅茶を淹れてあげた。

「いやいや。元気だせよ」

 そう言うと、朝食をさっさと食べて慌しく出かけていく。
 ヤオスは大学生で国内でもそれなりのレベルの大学に通っていた。

 ライサは軽く一息つき、自分もさっさと朝食を取る。
 そして中学生の次男を送り出し、アルメス家のおかみさんと、朝の片付け、洗濯、掃除をせっせと終わらせた。
 軽く昼食を取った後、買い物に行き、帰ってきたら洗濯物をとりこみ、夕飯の準備にとりかかる。

 彼女はこうして家事手伝いなどをして毎日を過ごしていた。
 動いている方が気が楽だった。いろいろ考えずに済んだからだ。
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