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戦争編
第二十章 戦場での再会-3
しおりを挟むライサは一人、爆発の光景を見ていた。
そして、一体の巨大な光の龍がその爆発を消化するところも観察していた。
気がつくと、彼女は戦場から何十キロも離れた森の中にいたのだ。
丁度高台になっていて、遠くの景色がよく見える。
彼女はピクリとも動かず呆然と、その光景だけをただただ眺めていた。
何故自分は生きているのだろうーーと思った。
何故こんなところにいるのか。
あの兵器は、自分に向けて投下された筈だ。真っ先に自分が死ぬように。
全ての恨みと憎しみ諸共、跡形もなく消滅するようにーー。
「く……ぅあああっ……!」
突如聞こえた呻き声に我に返り、ライサは周りを見まわした。
少し離れたところで、つい先程まで敵として相対していた少年が胸部を抑え、もがき苦しんでいる。
「!?」
彼の体は大量の汗と血で濡れていた。
肩は見るも無残なくらいに損傷している。どうやら着地に失敗して打ちつけてしまったらしい。
だが、それよりも胸部の痛みが酷い様だった。息は非常に荒く、時々発作のように咳き込む。
彼が何をしたかは、一目瞭然だった。
額には常にしていたサークレットがない。おそらく持てる全ての力を使って彼女の最凶の兵器を阻止したのだ。
ライサにも見えるほどの凄まじい龍のオーラだった。
そして更に、敵である筈の彼女と共に何十キロと転移し、その命を救った。
余波すら感じなかったところを思うと、防御結界まで張っていたのかもしれない。
魔法の力はゼロだった。いや、限界以上に使っていた。
そのために内臓各部にまで影響が及び、やられてしまったのだ。
心臓のリズムも、呼吸も乱れ、彼の苦しみ方は尋常ではなかった。
その壮絶な様子に、ライサは思わず駆け寄り、困惑しつつ呟く。
「え……あなた……きみ、東聖ーーーー?」
違う、称号ではなくて、この人の、名前は何だったかーー頭に霞がかかったように思い出せない。
しかし彼女は突如、名前を呼びたいと思った。
目の前で苦しんでいるこの人に声をかけたいと。
それは何ヶ月ぶりかに生まれた彼女のーー欲求ーーだった。
「……る……く?」
もう二度と必要がないと思っていたその記憶を、精一杯掘り起こす。
「ディルク!?」
名を呼んだ瞬間、今まで止まっていた心臓が、ドクンと音を立てて動き出したように感じた。
(ううん、そんなはず……ない。私は、ずっと、動いていた……)
きちんと動いて、毎日兵器を造っていた。
そしてーーーー目の前の光景に愕然とする。
「うそ……どうして、なんで……ディルクが苦しんで……私が、生きて……?」
彼はこの最悪の兵器を止めようとするかもしれないーー。
そのこと自体は予想がついた。
だってそれは、味方や魔法世界の領土を守ることにも繋がるからだ。だが。
(私を、助けたーーーー? ありえない)
あれだけ魔法世界を攻撃した。大事な人達を死に追いやった。
彼女が主犯だと、彼が気づかない訳はない。恨んでいない訳がない。
憎しみながら殺しあうのではなかったのか。そう言っていたではないか。
余裕なんてなかった筈だ。
爆発を抑え、自身も回避するので精一杯、敵のことまで考える余裕などない。
そのくらいライサは容赦せず全ての技術を結集し、解除法すら作らなかった。
そして彼女の読みはほぼ正しかった。
現にそれ以上のことをしたディルクはこんなにも苦しんでいる。
ドクンドクンとライサの心臓が激しく脈を打った。
終戦へのシナリオが。
人々に戦争の恐怖を与え、東聖が世界を救い、宮廷博士の少女一人だけが全ての恨みを抱えこの世を去るーーその完璧な計画が。
(何故、どうして……私は、何を間違えたの……?)
ディルクが胸部を抑えながらライサの方を向いた。力の限り叫ぶ。
「……ライサ! ひとつ、ひとつだけ聞かせろ!」
彼女はビクっと反応した。まっすぐな目だ。逃げられない。
「囮って何だ! お前……最初から死のうとしてたのかっ!?」
青い顔をしながら、彼は必死にライサに問い掛ける。悔しさと絶望の影が浮かんでいた。
「……んでそんな、生きる気失くして……見えなくなってまで……死ぬだなんて……一体何のために、戦って……」
ライサはその言葉に、今度こそ戸惑いを感じずにいられなかった。
(心配? 誰の、何を心配しているの? 私が死ななければ、死ぬのは貴方なのにーー)
王令が、兵器開発者としての責任が、婆やを見逃す誓約が、ライサを強く縛りつけている。
生き残ってしまったのなら、彼女はやり遂げなければならない。
ディルクは尚も問いかけようとするが、喉の奥から湧き上がってきた血液がそれを遮った。
激しく咳き込みながら、大量の血液を吐き出し、そのまま地面に倒れこむ。
そして時折痙攣を起こしつつ必死で息をしていた。
ライサはそんな彼にそっと近づいた。
躊躇いつつもディルクの頬に手を当てる。高い熱を帯びているのがーーわかった。
手が、感覚が、少しずつ戻ってくる。
それでもまだ朦朧としているライサは、俯き、ポツリポツリと呟いた。
「……会う、ため……だった……かな……」
触れた頬から、冷え切った指から温もりを感じる。
「囮になれば……戦場にでられるから……そうしたら……そう、会えると思った……」
握った拳の上にポタッと大粒の涙が落ちた。
「最大限に恨まれて……殺したいくらい憎まれて……そうして貴方に……会おうと思った……」
ライサは、それが自分が死ぬ時だと信じていた。
だからこそ、東聖の始末という命令も任務も抵抗なく引き受けた。
先に殺されて死んでしまえば、自身の造った兵器で死んでしまえば、彼を殺すことなどない、殺さずに済むだろうと。
それなのに、まだ生きている。そしてこんなことになってしまった。
突然、緊張の糸が切れたようにライサの瞳から涙が溢れてきた。
忘れていた感覚が、感情が、怒涛のように押し寄せてくる。
彼は聞いていたのか、荒い息をしながら、うっすらと目をあけた。
あまりの苦痛に、かえって痛みが消えてしまったのかもしれない。
そして僅かに驚いた後、とても無防備でホッと安堵したような優しい笑顔を向ける。
その血だらけの手がライサの顔にゆっくりとのびた。
震えながらも、その手は彼女の涙をそっと拭う。
「やっ……と、見えた……」
途切れ途切れに、精一杯言葉を発する。
変わらない、彼女が大好きだった笑顔。
「……ようやく、会え……たな……ライサ……」
その手がゆっくりとずり落ちていく。
彼はそのまま眠るように目を閉じた。安らかな顔をしていた。
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