隣国は魔法世界

各務みづほ

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戦争編

第二十章 戦場での再会-2◆

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 はるか上空に一機の飛行物体がやってくる。それは彼女のちょうど真上で停止した。

「死の覚悟はできて?」

 沈黙を破って彼女が静かに声をかけた。相変わらず表情のない顔で。

 壊れてしまった少女。
 原因も容易に想像がつく。辛かったのだ、自分を見失うほどに。
 それ程までに現実は残酷で、彼女にはそれに耐えられるだけの器も経験もなかった。
 助けてくれる人もいなかった。
 そして、そんな彼女が選んだ最終手段は、心が張り裂けそうな位に悲しいことだったのだ。

 ディルクは俯き目を閉じる。体が冷めて、震えも止まる。
 気持ちが少しずつ変わっていく。

 ーーーー助けたいーーーー

 どす黒く重たい憎しみの感情が、薄れ始める。
 それは彼女に会う直前とは、全く正反対の気持ちだった。
 けれど、今の方がずっと落ち着く気がした。
 肩の力が、緊張が緩んでいく。
 ディルクは、恨みや憎しみの消えていく自分にひどく安堵し、呟いた。

「……悪かったな……助けてやれなくて……」

 見逃していた。確かに救いを求められていたのに、聞き逃してしまっていた。
 行くと言ったのに。呼んでくれれば行くからと、約束したのに。
 どうして、こうなる前に救ってあげられなかったんだろう。そんなものを造ってしまう前に止めてあげられなかったんだろうーー後悔ばかりが押し寄せる。
 望んだ未来は、決してこんな形じゃなかった筈だ。

 ーーーー取り戻したいーーーー

 どちらかが死ぬのは、最終的には避けられないかもしれない。
 それでも今出来る最大限のことをやるしかなかった。

「……いいぜ、来いよ……ライサ・ユースティン」

 意を決してゆっくりと顔を上げ、ディルクは語りかけるように言った。

「本当は……お前にそんなことやらせたくないんだけど」

 戦争を終わらせたいという気持ちはディルクも同じで、そのためにはそれなりにきっかけが必要だ。
 だが、今から生み出すきっかけは、あまりに危険だった。

「止めても……無駄なんだろうな?」

 その問いかけにも、彼女はやはり無表情のまま答えた。

「ええ、もう私にも止められないのよ」

 そしてゆっくり頭上を見上げる。先程の飛行物体が、小さく小さく彼女の真上で待機していた。

「解除方法、作らなかったから」

 ディルクは黙って自分の額に手をかける。
 ライサはまっすぐ宿敵の姿を見返し、静かに告げた。

「私は囮……貴方を殺すための……さようなら、東聖ーーーー」

 次の瞬間、二人の目の前の全てが真っ白になった。





 王都にいた王子は激しい胸騒ぎを感じ、急いで城のバルコニーに走り、西の方角を凝視した。
 さすがに何も見えなかったが、遠くでもの凄い力が爆発したことだけは感じとれる。
 そして、同時に懐かしい、よく見知った年下の友人の気を感じた。

「ディルシャルク……まさか……!?」

 恐ろしい考えが王子の頭を過ぎった。そして、最悪の事態も同時に頭をかすめる。
 しかし何もできないまま、祈るようにその場に座り込む。



 凄まじい轟音と爆発は、ラクニアに退避していた兵達を驚愕させた。
 皆思わずそちらの方向を確認する。信じがたい光景がそこには広がっていた。

 光と共に大地が砕ける。凄まじい雷が何百もの稲妻となって落ちる。
 何十キロと離れていた海も荒れ狂い、波は大陸に次々と体当たりを食らわせていた。
 爆風は止まるところを知らず、もの凄い勢いで空を切り裂いている。

 壮絶な大自然の荒れ狂う渦ーーだがそこには相反する二つの力があった。
 よくよく見れば、龍のような光が凄まじい爆風を必死に押さえ込んでいる。
 雷も竜巻も、その龍が何かの莫大なエネルギーと交錯しているために発生しているようだった。
 想像以上の力にその龍はもがき苦戦しており、その度に激しい火花が飛び散り、雷鳴がとどろく。

 科学によるエネルギーと魔法が交錯したこの光景は、あまりにも壮絶で、生きとし生けるもの全てに恐怖を与えた。
 魔法世界にも科学世界にも、死を、そして世界の終焉を感じずにいられたものなどいたであろうか。

 これが、戦争なのだと。
 魔法と、そして科学の力なのだと。
 憎み合い、戦い続ければ、この大地すらーー大自然すら残らず、すべてが無に帰するーー。
 そんな非現実的な可能性を考えずにいられないほどの恐怖を人々は感じとっていた。

 ライサの計算上では、爆発は魔法世界のラクニアを軽く呑み込み、科学世界でも最東端の街にくらいは到達する予定だった。
 だが龍の力に抑えられ、実際は境界領域の数十キロ内に収まる程度となる。
 それでも両世界の境界の地は消滅し、そこは海と化した。
 大陸は二分され、壁はなくともその海峡を越えなければ、相手を攻めることもできない状態となる。

 激しい爆発は小一時間ほど続いた。
 その間、避難していたものでもその余波や恐怖に耐えるのに必死だった。
 そして、永遠にこの恐怖が続くのかと人々が絶望を感じた頃、その爆風は徐々に収束し始めた。



「国王陛下、ご無事ですか?」

 ようやく動けるようになり、傍にいた将軍が声をかけてきた。
 だが、国王は先ほどの爆発の場所から視線を外さない。今だに我が目を疑っていた。

(一体何が起こったのだ……)

 長い沈黙の後、国王は将軍に「うむ」とだけ答え背を向ける。
 全軍に退却命令が行き渡るのに、長い時間はかからなかった。



 ダガー・ロウと退却した死の軍は、最東端の街クアラル・シティの見張り台からその爆発を眺めていた。
 凄まじい爆発に抵抗する龍の姿は、魔法使いでなくても見ることが出来るくらいにエネルギーに満ち溢れ具現化していた。
 彼はほほぅと感心していたが、そのあまりの光景に、訓練を受けている筈の部下達も皆震えている。

(博士は退却の時間も手段もなかった筈だ。ということは死んだか……あの娘はその方が幸せだし、これは東聖といえどもひとたまりもないだろう)

 残っているかはわからないが死体の確認をしに行くか、などと考えていると、王都より緊急の連絡が入った。
 流石に王都までこの爆発が見えるわけもない。これとは別件の緊急事態のようだ。
 彼らの死体を確認する間も無く、死の軍は王都へ向かって行った。
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