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戦争編
第二十章 戦場での再会-1
しおりを挟むそれから間もなく両軍の撤退が完了する。
その場に残っているのは双方とも数十名程度の兵のみとなった。
数が少ないとはいえ、魔法世界側は雷子軍の一部で、科学世界側も死の軍第二部隊である。
しかしそれも重要なことではなかった。
攻撃が一時止み、緊張が駆け抜けた彼らの間に、場違いな戦車が一台ゴトゴトと歩みを進める。
それに伴い、科学世界側の残った兵が徐々に後退しだした。
戦車は見えないものの、後退していく姿を見て雷子軍側が追撃しようと一歩踏み出す。
「やめろ、お前ら!!」
ディルクは慌てて彼らを止めた。
前進してきた戦車の大砲ーーと思われるものの内部が光りだしたのである。
即座にディルクは防御結界を生み出した。
彼が止めていなければ皆爆発に呑み込まれていただろう。
ドオォォンという轟音と共に、戦車の攻撃はディルクの張った結界のまわりを容赦なく破壊しつくした。
雷子軍の兵士達はあまりの威力に驚愕する。
ひととおり攻撃が収まったところで、ディルクは挙げていた右手をおろした。同時に結界が解除される。
今の攻撃を片手で防いだのに歓喜した兵士達は、彼が間発入れずに反撃することを誰もが期待した。
だが彼は、前方を睨んだまま動かなかった。
沈黙がその場を過ぎる。
大きく一拍をおいた所で、ディルクが前方に向かって静かに口を開いた。
「……ふいうちか……ライサ・ユースティン……」
懐かしい名前を、だが彼は冷たく言い放った。
視線はまっすぐ、何も見えない空間の一点を睨んでいる。
戦車の上部に位置する入り口がゆっくりと開き、中から少女の姿が現れた……と思われる。
ライサはディルクと同様、冷たく静かに口を開いた。
「……いいえ。これは宣戦布告。東聖、あなたを殺します」
その少女の声は、その場にいた全ての魔法使いを驚愕させた。
ディルクも例にもれず、僅かに顔をしかめる。
だがここで怯むわけにはいかない。すぐさま臨戦態勢をとり、毅然と言い放つ。
「結構。俺もお前を全力で殺させてもらう」
ライサは表情をピクリとも動かさぬまま、傍らの死の軍に退却の指示を出した。彼女の後方で、数十名が一機の戦闘機に乗り込み、反対方向に向けて飛び立っていく。
前方から目を離さずに、ディルクも後ろの雷子軍に命令した。
「お前ら、全員全速力でひき上げろ」
だが当然のことながら、ざわざわと不信な声があがる。一人が恐る恐るディルクに尋ねた。
「しかし東聖どの……この声は一体……どなたと話をされておられるのでしょうか?」
彼はその言葉を聞き、冷や汗を感じた。心臓がドクドクと激しく脈打ち始める。
質問の意味は明確だ。
自分も含め、魔法使いは皆、そこに生身で居る筈の彼女の姿を捉えることが出来なかったのだから。
ディルクは大きく息を吸い、動揺を抑えながら手短に答えた。
「前方に、おそらくとんでもない兵器と共に、科学世界宮廷博士がいる。死にたくなければ退却しろ」
宮廷博士の存在は魔法使いにとっても有名で、恐怖の対象となっている。
姿が見えないのも尚一層不気味だった。
「なんと! 科学は物だけでなく人の姿までも消すのか……恐ろしい……」
屈強の筈の雷子軍の精鋭達が、震えながら即座に退却していく。
ディルクは黙って、前方から目をそらすことなく、全員が退却するのを確認した。
その様子を見てライサが口を挟む。
「あなたは逃げなくていいの? 東聖どの。……無駄、だけど」
まわりには誰もいなくなった。数日前には激しい戦場だったのが、今は広大な地にたった二人しかいない。
そのまま沈黙が訪れる。
風が、吹きぬけた。
「……ああ、そうか……」
沈黙を破り、まずディルクが呟いた。納得したように頷く。
「王宮に放った密偵からの報告で、宮廷博士ライサの姿が見えなくなったとは聞いていたが……」
しかも消えているのは姿のみで、声などは聞こえていたという。
何か見えなくなる技術でも開発されたのかと不気味がっていた。
まさかと思ったが、今日こうして実際、本当に全く彼女の姿が見えないのを身を以て思い知る。
ディルクはふと目を落とした。導き出した結論をさりげなく呟く。
「なる程、生きている筈のお前の気が……オーラが全く感じられない……」
オーラを見る魔法使いにとって、それは致命的だ。
オーラのない非天然である化学合成物質と同様、目で、彼女の姿が見えないということだからだ。
「科学でも何でもないな、その姿……感情もオーラも……生きる気を失くしたのは、いつからだ?」
言いながらディルクは頭がクラクラするのを感じた。
眠っていた記憶が思い起こされていく。
あの遠い日のーー想いを確かめ合い、幾度となく唇を重ねたその記憶が。
ドクドクと、少年の心臓が強く脈打ち始める。
冷え切っていた心が、徐々に熱を帯びてくる。
(何やってんだ、しっかりしろ、俺! あいつは敵だ! 敵なんだっ!!)
ガルを、ネスレイを、街のみんなを、仲間を、彼女は殺した。
だから東聖である自分は殺さなくてはならない。
国のために、仇をとるためにーー。
ディルクはいつになく動揺していた。
恨んでいる。殺すつもりでここに来た。
そして、双方それは了承している。
現に彼女はどこまでも冷たく、表情のない眼差しで、戦車の上から彼を見下ろしている。
なのに、この土壇場でディルクは彼女を目の前にして体が動かない。一歩が踏み出せない。
そんな自分に、彼はこの上なく焦りを感じていた。
仲間を失った、その憎しみはこんなにも脆いものだったのか、自分はここまで仲間に情がなかったのかと。
(そんな筈ない! みんな大事だった。失いたくなんてなかった!)
ぐるぐると逝ってしまった仲間の顔を思い出していく。
親しかった街の人達、何度も顔を合わせ共に任務を遂行した将軍、ネスレイ、そしてガル……。
ーーーー惚れてんなら、殺しあうなよーーーー
その時、突如その言葉が思い起こされた。
恐ろしいウイルスにより逝ってしまった同朋の最後の言葉。
科学の生物兵器が彼の命を奪った。
恨む筈だ。彼女を許せない筈なのだ。
だが、彼は殺しあうなと言った。二人でないと駄目なのだと。
はっ、とディルクは思考を巡らせた。
思い返せば、ネスレイからもマナからも、彼女への憎しみの言葉など一切聞いていない。戦えとも聞いたことがない。
言わずともわかっているという信頼のためか、配慮のためなのか、それとも別のーーと考えた時、突如一つの可能性が浮かんできた。
「期、待……? まさ、か……」
そもそも、敵討ちは彼らの望みではないのか。
(だって憎まないと……俺が、憎まないわけにはいかないだろ!)
魔法世界最高峰の東聖として。
科学世界から来たと、宮廷博士とわかってからも、この魔法世界を案内し続けた責任として。
しかし、憎んで敵意を持ったのは、自分だけだというのかーー。
(そういえば、あのとき……)
一回だけ、一瞬だけ彼女の声が聞こえたのをディルクは思い出した。小さな小さなSOS。
思えばあれからだった。科学世界の攻撃が前にも増して容赦なく激しくなりだしたのは。
自分も本軍にかかりきりになってしまい、周りの人たちがどんどん逝ってしまった。
彼女の姿が見えないと報告を受けたのも、その頃からだったことに思い当たる。
(あいつは、俺に……助けを……?)
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