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戦争編
第十九章 それぞれの戦い-5
しおりを挟む死の軍の活動による魔法世界の街の状況は、科学世界の王宮には常に正確に届いていた。
もちろん、ライサのいる研究所にも情報は伝えられる。だが、彼女は相変わらず、何を聞いても無反応だった。
そして、ある日研究員全員に召集がかかる。
「もうすぐ私の開発していた兵器が完成します」
その一言に研究員は全員静まり返った。
ずっと彼女が独自に兵器を作りつづけていたのを皆知っている。その科学世界一の宮廷博士が発明した兵器が、ようやく完成するのだ。
ライサの言葉に皆期待を膨らませた。その場がこの上なく高揚し始める。
数々の街は襲っていたものの、本戦では科学世界側のほうが圧倒的に犠牲者が多かった。
その雪辱を果たし、彼女が戦争の勝利と終結を決めてくれるのではないかと。
「威力は既存の水爆の数十倍にも及びます」
「おおお――っ!」と歓声が上がる。
「操作は私自身が行います。期日までに兵を撤退させること、放射能汚染を考慮し、その場所には近づかないようにすることを伝えてください」
ライサは言い終えると、その場からさっさと立ち去って行く。
研究員達は彼女がいなくなった後も、いろいろと盛り上がっていた。
ライサは最後の仕上げにとりかかった。
とある箇所でなんとなく手が止まる。少し悩もうと試みたが、悩むことすら億劫である。
すると後ろから声がかかった。
「聞いたぜ、博士殿」
振り向かずとも声で誰かはわかる。低く太く力強い声、ダガー・ロウだ。
「俺は念に念を入れる主義なんでな。博士殿が土壇場でくだらない同情など入れないようにと思ってよ」
「無駄な心配を」
ライサは冷たく言い放つ。ダガー・ロウの言いたいことくらい明白だった。
四聖の生き残りーー東聖を確実に始末せよ、そう言いたいのだ。
「博士殿は我が軍に裏切り者がいることをご存知かな?」
唐突にダガーが話し出した内容に、ライサは微かに反応した。
「その者はこの王宮に魔法使いが入り込んでいたにも関わらず、その始末をしなかった」
それだけでその人物に見当がつく。東聖の少年を見逃していた婆やだ。
王子と王女の関係が割れた以上、王宮に魔法使いが入り込んでいたことが知れてもおかしくなかった。
「気づかなかっただけでは?」
「侵入を許したなら気づかぬのも立派な罪、それが軍人というものでな。我が軍の名を貶めた罪はけじめをつけねばならんが……博士殿に敬意を表して見逃してやってもいい」
ダガーが何を言いたいのか、ライサははっきり理解した。
東聖を始末するのに脅しをかけているのである。
彼女が土壇場で彼を助けないように。
東聖を確実に始末せよ、さもなくば、婆やを処分する、と。
そもそも既に王女の身辺警護にあたっている以上、王女に伺いを立てたりと、簡単には処分はできない筈だが、一時でも警護役を外される可能性は考えられる。
王女が悲しむのは本意ではない。ダガーにとっても妥協点と言うなら婆やの安全は期待できる。
ライサは止まっていた最後の箇所の操作を始めた。もう迷う必要はない。
「そう……優しいのね。なら、お言葉に甘えて見逃してもらうわ」
淡々としたライサの返事にダガーは満足したのか、何も言わず冷笑を浮かべ、部屋を早々に出て行った。
◇◆◇◆◇
ディルクが異変に気付くのはそう遅くなかった。
二日ほど前から徐々に科学世界の軍が減ってきている。とはいえ、地雷や空撃は前と同じようにひっきりなしに続いている。
(兵を撤退させている……? 雷子のことが気付かれたか……いや)
雷子が兵を率いて王宮に到達するにはまだ早いし、科学世界の王都にも兵士はいるはずだ。
王宮が襲撃を受けたからといって、こんな万単位で兵を撤退させるだろうか。
それよりはこの中途半端な攻撃といい、その場凌ぎの様ではないだろうか。
嫌な予感がした。
このまま軍をここに残してはいけないと。
ディルクは大急ぎで国王のもとに駆けつける。
「陛下、一端全軍をラクニアまで撤退させていただきます!」
もちろん国王は釈然としなかった。ここまで来て退却しろというのか、と。
しかし科学世界の軍は既に二日前の半分程になっている。おそらくもう時間がないに違いない。
ディルクは必死に国王に訴えた。
「東聖よ、敵は攻撃をまだ続けてきておるのだ。全軍撤退などーーおぬしが盾となるか?」
自分の言葉に絶対の責任を負うか、そう問うていた。
これは国王の最大の譲歩だ。
「ご理解いただき、恐縮でございます」
ディルクは心底ホッとする。
おそらくこれから攻撃は更に減ってくるだろう。しんがりを勤めるくらいは全く構わなかった。
それよりもこの後来るだろう「何か」に不安が駆け巡る。
本当はラクニアまでで大丈夫だろうかとも思っていた。
しかしこれ以上はおそらく一歩たりとも譲ってはもらえないだろう。
一体何が来るのかーーディルクは何年ぶりかに身震いするほどの恐怖を味わっていた。
戦場の全貌が見える丘で、ディルクは静かに両軍の退却する様子を眺める。
そして、激しくわき起こる負の感情と共に、一人の少女の姿を思い浮かべた。
一年前の感情とは全く違った感情ーーそもそも好意を持っていたことすら、今となっては信じ難いことだった。
どうして接近できたあの時に……無防備だったあの瞬間に始末しておかなかったのか。
結果がこれだ。街をめちゃめちゃにされ、たくさんの仲間を失った。
むざむざ仲間を見殺しにしてしまい、何も防げなかった。
いいことなど何一つない。
生まれたのは果てしない自己嫌悪と、やりきれない敵への、彼女への憎悪だけーー。
戦争だ、仕方がない。自分も敵をたくさん殺しているとはわかっている。
それでも彼は、そのどうにもならない絶望を敵に向けずにはいられなかった。
ディルクは顔を上げ拳を握ると、科学世界の方角を壮絶に睨み据えた。
「ライサ・ユースティン……魔法使いの……俺の、敵ーーーー」
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