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戦争編
第十九章 それぞれの戦い-4
しおりを挟むそれから程なく、ディルクのもとにも、ネスレイ死去、マナ重体の知らせが届いた。
「なん、だって……ネスレイ……が!」
ネスレイの死の軍奇襲により、王都を含めこれ以上の侵略を食い止めることができたのは、何よりの朗報だ。
しかしその対価となった犠牲はあまりに大きく、ディルクをはじめ魔法使い達に深い傷を遺した。
「王都の襲撃は予知しなかった……理由がこれなのかよ、ネスレイ……!」
彼が死の軍の侵攻を止めるから。止めることが視えていたからだ。
だって間違いなく次は王都に来ていた筈だったのだから。
「無茶しすぎなんだよ……みんな……っ!」
手助けしようにも、双方とも連絡する間も惜しい状況で、しかも発見が遅れていた。
ベコの街の食糧危機は、魔法陣再整備と王都からの救援、ララの街も換気をすることでようやく落ち着いた。
しかし犠牲者達の看病、死者の弔いなど、やることはまだまだたくさんある。
厄介なことに、毒を摂取したものは後遺症が多かれ少なかれ残ってしまった。
マナもその一人だ。
活発な運動や、複雑な魔法はもちろんのこと、生活するにも苦痛が生じるようになってしまう。
『すみません、ディルク……あとはお願いいたします』
本当に申し訳なさそうに、消え入る様にマナは言った。
雑音が入る。これだけの通信でも彼にとっては大変なことになってしまったのだと、ディルクは思い知らされた。
「ああ、任されたよ……安心してゆっくり休んでくれ……お疲れさま、マナ……」
目を閉じて、ディルクは噛み締めるように言った。
改めて書類や魔法映像にて両街の報告を受け取ったディルクは、ラクニアとは違う印象を抱いた。
弱点を見事につき、効率性を最大限に引き出しただろう襲撃時刻と手際の良さが伺える。
(ラクニアは確かに甘かったんだ。ウイルス蔓延の速度も遅かったし。でも……)
食品に使われた毒の性質といい、毒ガスといい、的確すぎている。
そして目の前の本軍の使用する兵器の変わり様だ。
威力は元より、計算機能でもついているのだろうか、命中率が格段に上がったのだ。
ディルクも応援などにも行けず、ここで全力で指揮をとらねばならない状況に陥ってしまっている。
この計算し尽くされた手際の良さ。これはまるでーーーー。
「ライサ、か……!」
ディルクは確信して思わず目を覆った。
そう、例え計画出来たとしても、それを成すだけの知識と技術と権威全てを兼ね備える者などそうはいない。
「やって……くれるな、あいつ……っ!」
つまりこの件に関しては、まぎれもなく彼女が引き起こしたことなのだ。
街の人を殺し、ネスレイを殺し、マナに重傷を負わせた。この事実を見逃すことはできない。
本軍とダガーに気をとられている間に、ディルクはまんまとやられてしまったのだ。
「すまない……ネスレイ……マナ……ガルも、みんな本当に、すまん……!」
わかっていた筈だ。
科学世界で最も厄介な敵であることを。ダガーよりも余程影響力があることを。
ディルクの中で、苛立ち、怒り、どす黒い感情が湧き起こってくる。
限りない自己嫌悪と、そしてこれは、初めて生まれた彼女に対する負の感情。
ラクニアはまだ大丈夫だった。怒りの対象が死の軍に向いていた。
しかし、今回は……今度ばかりはーーーー。
怒りと後悔に震える身体を抑え、ディルクはとある人物を内密に自分のところに呼び出した。
もう、迷っている暇はない。
四聖の中で動けるのは彼のみとなってしまったのだ。
◇◆◇◆◇
「お呼びで?」
ピンと空気が張り詰める。
暗闇の中、一人の将軍が姿を現した。将軍の中でも最強の力を持つ者。
ディルクは月明かりを背にしてゆっくりと彼の称号を口にする。
「雷子……お前は独自の兵士に俺の行動を監視させていただろう?」
雷子は何のことかととぼけようとしてディルクの顔を見上げ、その目が壮絶に冷たいのを見て、口をつぐんだ。
「ならば知っているな? 俺が科学世界に頻繁に出入りしていたことを」
低く、低く、ディルクは確認するように言葉を紡いだ。
雷子は背筋が凍るのを感じた。
東聖の顔がそこにはあった。
ともすれば王族も凌ぐ程の魔力を持つ宮廷魔法使い。その最高峰の存在ーー。
そのもの凄い威圧感に押しつぶされそうになる。
「し、しかし、それは陛下には伝えてはおりませぬ!」
これ以上は勘弁してくれとばかりに、雷子は弁解を始めた。
ディルクはゆっくり彼に近づく。
雷子の心臓は爆発しそうだった。こんな彼を見るのは初めてで息がつまった。
雷子は王都出身で四聖の中でも東聖をよく知る方であるが、普段の彼はどちらかと言えば穏やかで飄々としており、恐怖を感じることなどなかった。
そもそも東聖に就任した当初から、彼は“竜の髭”をつけていたので、その消え入りそうな魔力を蔑んですらいた。
しかし今のこの、少々の宝石程度では抑え切れていない圧倒的な魔力に威圧感。
一将軍などとはまるでレベルが違う。
ただ事ではない、どんな指令を受けようと逆らうことなど許されないという雰囲気がそこにはあった。
将軍のトップがそれを悟ったことを見てとると、東聖は右手の平を上に向け、映像を映し出した。
「これを見よ、雷子」
将軍は反射的にそっちを見た。
鮮やかな城の映像だった。はっきりと、細部までよくわかる。
とても彼にはこんなものは出せない。
「これは、科学世界の王宮の見取り図だ。抜け道、隠し部屋の位置も明確に記しておいた」
「な、なんですと!?」
思わず雷子は聞き返す。
このお方は敵国の王宮を知り尽くしているのか、と驚きを隠せない。
「つまり我々は地方都市の雑魚をたたかずとも、既に敵の親玉の居城を把握しており、これは我が軍が敵の二歩三歩先をいっていることを意味する」
「はっ、左様で」
雷子が同意するのを聞くと、東聖は彼にとてつもなく重要な、そして残酷な密命を下した。
「いいか、これを持って王宮に入り、国王一族を抹殺せよ! 一人も逃がしてはならない」
「はっ」
雷子は即座に行動した。振り返ることも立ち止まることもせず、一目散にディルクの前から姿を消す。
翌日には、雷子とその精鋭二千が本軍から抜けていた。
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