隣国は魔法世界

各務みづほ

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戦争編

第十八章 失われた心-3

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 ディルクが加わった本軍は勢いを取り戻した。
 目は戻っていても、一度見た物であればイメージが湧きやすく予想もつけやすい。
 そして科学世界へ頻繁に行っていたその経験からも、柔軟に相手側の思考を読むことが出来た。
 科学世界側の様々な核攻撃を回避し、加えて魔法攻撃も効果がかなり見られるようになっていく。
 彼はもともと、戦術では四聖の中で最も秀でており、またそれを的確に、直接指示できる立場にいることも大きな要因だ。

 そんな魔法世界側の軍を見て、ダガー・ロウは舌打ちした。
 明らかに魔法世界側に、優れた指導者がでてきたのだと分かる。
 ヒスターの情報によれば薬の効果は切れている筈だ。なのにこちらの攻撃をも読んだ適切な動き。

(見事だ、東聖!!)

 科学世界側の軍事兵器を破壊され、ミサイルも転送後処理されてしまい、科学側の軍隊は被害が拡大するばかりだ。
 しかも、最初と違い、かなり容赦なく攻撃が繰り出されていた。

(今まで手加減、していただと……?)

 ダガーは背筋が少し寒くなるのを感じながら、同時に歓喜に似た感情が湧き上がっていた。

「よかろう、全力でいくぞ! 第三部隊!」

 ダガーの突然の命令に死の軍は活気づいた。迅速に軍隊のほうへと指示が伝わる。
 戦いは今まさに絶頂を迎えようとしていた。


  ◇◆◇◆◇


 ライサは窓際で一人、夜空を見上げながら呆けていた。
 彼は来ない。来る筈がない。
 それが今、彼女に置かれた現実だ。
 叫び疲れ、星空を見ながら思考を巡らそうとし、昼間に見た戦争の映像を細部まで思い出しそうになり、また呆け続ける。そんなことの繰り返しだ。
 それでも戦いの現場が壮絶だったことはしっかり焼きついていた。

(……そぉか……)

 戦争はどうしたら終わるのだろうかーーもう涙が渇れてしまい、泣くことすらできないライサはのんびりと考えた。
 やがて、なるべく考えないようにしてきた考えが浮かんでくる。

(……戦う人間がいなくなれば、戦争なんて起こらないのよねぇ……)

 ふふっと、ライサは小さく笑みを浮かべた。なんだ、簡単じゃないーーと。

(そっかそっか……それができるのは……私だけなんだ……)

 どちらの世界も既に犠牲はたくさんでている。
 自分の甘さが原因だ。
 結局その甘さが、中途半端さが、どちらの世界もめちゃめちゃにしてしまった。
 人々の恨みは、皆の憎しみは計り知れない。
 今更綺麗事を言う気などおきない。

 ライサの目の前は真っ暗になっていった。星の輝きも見えなくなっていく。
 一瞬だけ、魔法世界のかの少年の姿が思い浮かんだ。

(例え再会したって、あの人はもう、私を憎悪の目でしか見ない……)

 何もかもが遅かった。
 西聖を殺し、魔法使いをたくさん殺した科学世界を、その宮廷博士を、どうして許してくれようか。
 ならばせめて最後まで、憎まれながら決着をつけよう、と。

 僅かながらにも残っていた光が、彼女の世界から完全に消えていく。
 目は半開きのまま、彼女の前には何処までも続く闇だけが広がっていた。


  ◇◆◇◆◇


 翌朝、王女はライサのもとを訪れた。
 だが彼女の姿を一目見て絶句する。
 まるで生きている気がしないのだ。声をかけるのも思わず躊躇する。

「ご無沙汰しております、姫様」

 戸惑っているうちに、ライサのほうから声をかけてきた。
 彼女は王女を見ているはずなのに、その姿は目に映っていないようにも思える。

「あ、ええ、えっと……どうしているかと思って……」

 何も聞けず、王女はそれだけの返事をようやく返した。
 ライサはふっと無表情のまま口端を上げる。

「研究は着々と進行中です。軍の方も準備は整っております。問題ありません」
「ライサ?」

 王女はドキリとし、不安そうな表情を浮かべた。
 しかしライサはそんな王女も気に留めず、魔法世界の地図を映し出すと、自分の主君に戦況を説明する。

「今度、このベコの街を襲撃する予定です、姫様」

 魔法世界の主要都市ベコの位置を示しながら淡々と告げる。

 ――逃れることはできない

「方法は毒物を食物に混入し引き起こされる中毒症。用いる毒物も指定済みです」
「ライサ!」

 王女は耐え切れずに叫んだ。
 だが、ライサは言葉を止めなかった。感情を表さず事務的にーーまるでロボットのように。

 ――自分が戦わなければ終わらない

「また、同時に地脈を利用したララの街に毒ガスを投じて、更に効率的に攻撃をしかけようと画策中です」
「ライサぁぁぁ――――っ!!」

 王女が止めるのも聞かず、ライサは言い終えると研究室のほうへ振り向きもせず行ってしまった。
 あとには嘆く王女が残される。
 その様子をカメラで見ていたヒスターだけが歓喜に打ち震えていた。


 ライサはその後、研究所から出ることはなかった。狂ったように研究に没頭する。
 戦場へ送り込まれる兵器は、性能から何から、今までとは二回りも三回りもグレードが上がっていった。
 そして更に、全てを壊す、あらゆるものを無に帰す兵器の創造に、彼女は着手する。

 ――人は自分の目で見たものしか信じない

 最大限の知識と技術を駆使してそれを設計していく。

 ーー恐怖を伝えよう

 二度と愚かな考えをおこさないように。自分達のやっていることがどんなに愚かなことなのか、思い知らせるために。
 その役が出来て、相応しいのは、他の誰でもない。
 既に十分憎まれ恨まれている自分だけだとライサは考えた。

 ――これを完成させないと戦争は終わらない
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