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戦争編
第十八章 失われた心-2
しおりを挟むライサが気がついたのはそれから数時間後だった。
映像を見た彼女は、その現実のあまりのショックに気を失ってしまっていた。そして、気がついてからも、ショックが消えることはなかった。
魔法使いと戦いたくないという甘い考えの元、ライサが作った兵器は、安全性は高いが攻撃力はあまり高くない。
それに絶対的な信頼を置いて、戦いに挑む姿がなんとも酷かった。
魔法世界のみならず、科学世界でも戦争によって多大な犠牲が生じているのだ。
そして兵器開発責任者である彼女は、その事実から目を背けるわけにいかなかった。
薄暗い部屋の中、窓際に膝をつき、神にでも何にでも祈ったのは、生まれて初めてだったかもしれない。
ライサは倒れた者と、今まさに戦場で戦っている戦士達に深く想いをのせる。
長い長い祈りだった。
気がつけば月が昇っていた。
「……ク……」
ライサはふと、懐かしい名前を思い出す。
思い出す暇すらなかった。だが、一度思い出すと、全てがよみがえってきた。
敵であるにも関わらず、彼はいつも助けてくれた。
崩れ落ちそうな自分の身をなんとか支え、望まずにいられない。
今、一番傍にいて欲しいーーこのままではどうにかなってしまいそうだーーと。
「ディルク……ディルク、ディルク、ディルクぅ――――――――!」
ぼろぼろぼろぼろ涙を流しながら、彼女は力の限り叫んだ。
名前を呼べと言っていた。そうすればライサの元に行くから、と。
聞こえるわけがない。そして別れたどころか恨まれていてもおかしくない。
それなのに求めてしまうなんて、何という見窄らしさだろうか。それでも叫ばずにいられなかった。
「会いたい……! 助けて! ディルク……ううう……」
しかし彼女の最後の叫びは、他の誰にも聞かれることはなかった。
◇◆◇◆◇
ディルクは反射的に目を覚ました。早朝、王宮の自室である。
昨夜はそのままぶらぶらと王都を眺めながら歩き、すぐに動けるよう宮殿に戻ると、自室の長椅子で倒れこむように寝てしまっていたらしい。
ディルクはそれを素早く確認すると、突然慌てて転移魔法を唱え始めた。大きな、複雑な移動。
「マスター!」
すると突然、傍から何事かと声がかかった。王子の身辺の警護に当たっていたボルスである。
王子に言われて呼びに来た所、マスターが何やら大きな魔法を作り出しているではないか。
「……っ!」
ディルクはボルスの姿を見て我に返った。
(俺は……今、何を……!)
転移魔法は、遠く、科学世界への道を示していた。
絶対あってはならないことだった。
冷や汗をかき、ディルクの心臓がドクドクと早鐘を打つ。
(落ち着けーーいくらなんでも科学世界から呼び声が聞こえる筈ない)
転移魔法を消し、深呼吸を数回続ける。
「すまん、ボルス。来てくれて助かった……何か用か?」
「王子が呼んでおります……マスター、本当に大丈夫ですか?」
ボルスが驚くくらい、主人の顔は青ざめていた。
しかし何よりディルク自身が一番驚いている。ライサの声を聞いたと思った瞬間、身体が咄嗟に動いていた。
全然、自分は彼女のことを忘れてなどいないのだ、と。
「無理もないこと。いろいろありました故に。ご自愛くださいませ」
言うとボルスは先に戻っていく。
ディルクの心は引き裂かれそうだった。
今現在、まさに科学世界が原因でガルや将軍を二名も失い、更にサヤも静養中なのである。
科学世界など、彼女のことなど、想う余裕も気遣うこともあってはならなかった。
多々の要因があったおかげで、ボルスには気づかれずに済んだが。
ディルクは自嘲の笑みを浮かべた。
(何が、会わないのが一番だ……俺はまだ、こんなにもあいつを求めてるくせに……)
心配で……不安で堪らない。
これ以上ない位にこの世界への裏切り行為だというのに。
「少し休めたかい? ディルシャルク」
ディルクが再び深呼吸をして王子を訪ねると、気遣わし気な声をかけられた。
彼は同朋を亡くした友人をしばらく一人にしておいてくれたのだ。
「ああ、大丈夫だよシルヴァレン。悪いな。じゃあ行ってくる」
言うと、ものの一瞬で境界までの転移魔法を構成する。
王子はとりあえず落ち着いているのを確認し、安堵して見送った。
ディルクは例によってライサに対する不安を微塵も出さなかった。
◇◆◇◆◇
戦場は荒れ果てていた。
魔法世界の進軍も止まり、今や境界付近まで後退している。
科学世界側は死の軍が動くと同時に凄まじい反撃にでており、魔法使いを境界付近まで追いやると、核兵器を惜しみなく投入してきていた。魔法世界側の犠牲者が続出していく。
国王は一端兵を全て退かせた。将軍を集め、新たな作戦を練る。
「陛下、東聖殿は科学兵器に詳しいと思われます! 直接問うては如何かと」
雷子将軍が突然進み出て、意外な言葉を発した。
「以前、我々の世界に侵入していた死の軍の基地においても、科学世界の攻撃をかわし、兵器らしきものを破壊していたとのこと! 何か策があるやもしれませぬ」
雷子は得意そうに自分の放った配下からの報告を伝えた。国王はそれを聞いて感心したように頷く。
傍で聞いていたマナは内心ハラハラしていた。
雷子が独自の諜報部員を持っていることは周知の事実だが、もしやライサのことも雷子には知られていたのではなかろうかと。
だがとりあえずライサの名も存在も彼の話には出てこなかったことに安堵する。
雷子の性格を考えれば、知っていることは国王にがんがん言ってしまうだろう。
国王はマナに向かって一言告げた。
「マナフィ、ディルシャルクを呼べ」
マナは深く頭を下げた。
「あれま、戻って早々呼び出し?」
本軍に戻ったディルクは軽く言うと、よっと背筋を伸ばした。
「ディルク、あと頼みますよ」
マナは入れ替わりでララの街に戻ることになる。彼はにこりと頷き、応える。
「ありがとな、今まで。こっちの方は任せとけ。お前もララに戻ったらくれぐれも気をつけろよ。次があるなら王都より早い筈だし。あと、ちょっとは休めよ」
マナはそれを聞いて微笑んだ。ディルクは任せろ、と言ったことは必ずやり遂げるのだ。
本軍のほうは、彼に任せておけば間違いはない。
マナは心置きなく、自分の街へ転移した。
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