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戦争編
第十七章 ラクニア陥落-1
しおりを挟むある日、とうとうサヤが倒れてしまった。
「ああ、マスター……すみません」
もの凄い高熱を発し、苦しそうに息を続ける。
ディルクの心はつぶれそうだった。もし、サヤが死んでしまったらと思うと眠ることもできない。
彼はありったけの力をサヤに送り込もうと魔力を構成するが、サヤがその構成を押さえ、発動を止めてしまった。
「だ、大丈夫です……それより離れてください、マスター、貴方まで……」
「そんなこと出来るか! 絶対離れたりなんてしないからな!」
言うと彼女の手を両手で掴み、そこから少しずつ体力回復魔法を送り込んでいく。
サヤは病の苦痛から少しだけ解放されると、そのまま気絶するように意識を失った。
今何時くらいだろうか、サヤが目を開ける。そしてふと横に目をやると、感きわまって涙が溢れて来た。
彼女の手を握ったまま、ディルクが祈るように眠りこんでいたのだ。
どのくらいの間、そこで魔法を使い続けていたのだろう。まだまだ熱は高いが、かなり身体が軽くなっている。
とても負担をかけ、迷惑をかけてしまったのに、サヤはどうしようもなく嬉しかった。
しかし、自分のせいで愛するマスターが倒れたらと思うと心配でならない。
「へぇー。ディルクが熟睡するなんて珍しいなぁ」
「ガルデルマ様」
見るとガルが新しい水差しと薬を持って、訪れたところだった。
「調子はどうですか、サヤさん。リーニャも心配していますよ」
「ご心配ありがとうございます。おかげさまで少し楽になりました」
微笑んで、サヤはガルから水差しと薬を受け取り、ふらふらしながらも、きちんと自分で薬を飲んだ。
そうこうしているうちにディルクが目を覚ます。
「ん、ガルか……」
「おはようディルク、動けるかい?」
ディルクが目をこすりながら肯定すると、ガルはサヤに折角のところすまないねと謝りながら、物資調達の意を伝えた。
「おっけー。サヤも持ち直したみたいだし行ってくる。……それはいいけど、木子はどうした?」
今まで必要なものを調達してきていたのは木子だった。どうして自分にまわってきたのか。
ガルは暗い顔を見せる。将軍木子も病に倒れてしまった、彼の表情は暗にそう語っていた。
看病の手は減る一方で、この時点でまともに動ける者は、最初の半分以下にまで減ってしまっていた。
そして戦況もあまりよくないらしい。
今朝マナからの連絡で、進軍していた魔法世界の本軍が、科学世界側に押され、徐々にもとの境界付近に戻っているという知らせを受けていた。
死の軍が本戦のほうでも動き出しているらしい。今までの科学世界の軍とは違った俊敏さを見せていた。
ディルクは他の地へウイルスを持ち出さないよう細心の注意を払い、街の外でベコやララからの救援物資を受け取った。
ガルが戻ってからも人手不足が加速し、ディルクも看病にまわり、サヤの心配を余所に今や一日中患者と接触している。
境界の戦場も心配だったが、同理由により、彼は国王軍への帰還をしばらく避けていた。
一刻も早く病が終息に向かうよう、ただただ祈るばかりである。
◇◆◇◆◇
「ディルク、休憩しよう」
サヤが倒れてから数日後の夜、ガルが温かいスープを持って、ディルクの元にやって来た。
ガルもディルクも最近殆ど寝ていない。疲労は限界に達していた。
「あ、さんきゅー、ガル」
ディルクはスープで手を温めながらゆっくり飲んでいく。
目の前の子供はずっと苦しそうに息をしていた。彼の目は子供に向いたままだ。
「……ほんの五、六年前はさ」
そんなディルクを見てガルが突然話を始める。
「すげー遊んでたんだよなー。師匠に怒られたり……悪いこともいろいろしたし」
ディルクは変わらず子供の方を向いている。だが、ガルは構わず話を続けた。
「女もいたんだ。カワイイやつでね……」
「知ってるよ。有名だったから。同じ弟子だったんだろ」
ようやく返事が返ってきた。顔は向けていなかったが。
「だけど、西聖交代の時にさ……師匠が亡くなって国王様から指名を受けて、正式に任命される前に……」
そして目を閉じ軽く微笑するとガルは続けた。
「……あいつ、襲ってきたんだよね。西聖の座を奪うために……命をかけて」
ディルクはその言葉に思わずガルのほうを向いた。
四聖は前の代の四聖が後継者を決める。
先代の西聖が後継を推薦していなかったのも異例のことだが、指名されたのが陛下からで、しかもその座を巡って争いが起きていたとは知らなかった。
ディルクは驚いた。今までそんな話を聞いたことがなかったからだ。
ガルの彼女に関しても別れたとか、修行にでたとか、そんな噂は聞いていたが、真実は誰も知らなかった。
「まさか、お前……」
「ああ、俺が……殺した……結果的にな。真剣の全力勝負を挑まれて、応戦しかできなくて……呆気ないよな、人の命ってさ」
低い声でガルは語った。
ディルクは一瞬わが耳を疑った。そんな様子は微塵も感じなかったからだ。
「あいつが……勝てるわけないだろ……俺に、本気出させて、さ……」
「……」
ガルは下を向き、唸るように言うと歯を噛み締めた。
ディルクも何も言えない。ただただその同朋の語る真実に、耳を傾けることしか出来なかった。
しかし、何故いきなりそんな話を始めたのだろうーー逆に問い詰めるには、ディルクは体力を消耗しすぎていた。
いつか聞こうーーそう思って視線を子供に戻すと、またその子は苦しそうな息を始めていた。
彼は慌ててヒーリングの魔法をかける。しばらくすると子供はまた眠りに入っていった。
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