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戦争編
第十五章 開戦-3
しおりを挟む「なんだって? どういうことだ!?」
ヒスターが不機嫌な声をあげた。
研究所内の彼の部屋は、豪勢な素材の絨毯、カーテン、そして机に本棚などが置かれている。もちろん完全防音で、中の声は絶対に外には聞こえない。
ヒスターは入り口真正面の机で、研究データを整理していた手を止め立ち上がり、そこにいるもう一人の人物の方へ向かった。
「魔法使いは科学世界の物が見えないんじゃなかったのか!?」
声を荒らげてヒスターは問うた。
「確かに魔法使いにはプラスチック製の科学兵器など見えないでしょう」
もう一人の人物ーーダガー・ロウは静かにそう答えた。彼は現在の戦況を、ヒスターに伝えに訪れていたのである。
ヒスターは、最初から勝利を確信していた。
魔法使いは兵器が見えず、見えたって、自分の発明したこの素晴らしい兵器に対抗できる筈がない、楽勝ーー戦争が始まる前からそう思っていたのである。
ところが戦況は五分五分どころか、科学世界が押され気味という。
こんな筈じゃない、どうなっているんだと、ヒスターはダガーに理由を問い詰めた。
「王子は私の魔法世界の報告をご存知でしょうか?」
ダガーは何年も前から魔法世界に入り込み、状況を逐一国王に報告していた。その内容のことを言っているのである。
「? ああ、大体は目を通したが……」
「ならば、東聖のこともご存知でしょうか?」
膨大な報告書の中でも、戦争の起こる直前くらいに、しつこいほどに出てきた東聖の名を彼は挙げた。
「宮廷魔法使いの一人か? めっぽう強いという」
ダガーの言いたいことを掴めずに、ヒスターは疑問の声をあげる。
「かの者が、ユースティン博士と少々仲よき間柄だったことはご存知で?」
瞬間ヒスターは息を呑んだ。
恋愛感情などさらさらないが、自分の婚約者候補がよその男と仲がよいというのは面白くない。
今まで報告書を見ても、二人の関係など気にも止めなかった。魔法使いと科学者が理解し合うことなどないと、信じきっていたからだ。
「……それで?」
顔をしかめながらもヒスターは先を促す。ダガーは軽く礼をすると、続けて口を開いた。
「東聖は我が軍の基地に入り込んだことがあるのですが、そのときの戦いぶりからして、兵器が見えているようでした」
「何だと? ならば魔法使いは、科学世界の物でも見えるということなのか?」
昔から科学世界の者には魔法が見えず、魔法使いには合成化学物質が見えないという違いが伝えられてきていた。
それが相容れない理由の一つであったことも事実であり、ヒスターが驚くのも無理はない。
ダガーはにやりと笑いをうかべ、答える。
「魔法使いがというより、東聖が……といったほうが正確かと」
「?」
「魔法使いの中で、東聖のみが科学の物質を見ることができる、いえ、そうなったということです」
そしてダガーは、ラクニア基地の侵入時には、東聖も爆弾を見られなかったことなどを説明する。
ヒスターは導き出された結論を、信じられないといった顔をしながら口にした。
「つまり……ユースティン博士が、東聖の目を変えたということか?」
「いつまでそれが有効かは不明ですがね」
ダガーは、科学世界側の攻撃が、魔法使い達にことごとくかわされているのを見て、そう結論付けた。
かわしているくせに、兵達の動きはぎこちなく、兵器自体は見えていない様子だ。
おそらく裏で、兵器が見える誰かーーしかも戦術に長けた司令権のある誰かが指示しているのだろう。それにより、戦況は科学世界側のほうが劣勢なのだと。
そしてそんな心当たりは一人しか浮かばない。
ヒスターは唇を噛んだ。劣勢に加えなお、その男とユースティン博士が、それ程までに親しい間柄だったということにも動揺を隠せない。
「何か……策はないのか? 魔法世界への攻撃を……」
悔しい顔をしながらヒスターはダガーに問う。
ダガーは笑みを浮かべ、目の前の科学世界の王子に答えた。
「既に我が軍が魔法世界に潜入しております。まもなく朗報が参りましょう」
「期待しているぞ」
ヒスターはその言葉に満足し、ダガーは礼をして、部屋から立ち去ろうとした。
しかし扉を開けようとしたとき、ふと手をとめて彼は振り向く。
「宮廷博士の娘のことですが、早いうちに手を打ったほうがいいかと」
後々面倒なことにならないうちに、手に入れたほうがよい、ダガーの言葉はそう語っていた。
ヒスターは軽く頷く。
「そんなこと、お前に言われるまでもない」
ダガーは何も言わず一瞬にやりとした後、扉を開け去っていった。
あとにはヒスターが一人部屋に残る。窓の外を見やり、彼はつぶやいた。
「ライサ・ユースティン、我が手に……」
くっくっく、とヒスターは笑っていた。この国のもので、自分の手に入らないものなどないのだ。
東聖も所詮は魔法使い、敵国の者、自分のライバルではない。そう彼は信じて疑わなかった。
◇◆◇◆◇
ライサは連日徹夜を続けており、フラフラだった。
ここしばらくは王女のところにも行けず、研究一色である。王令である以上、彼女は兵器を開発しなければならないのだ。
食事をする時間すら惜しいほどに、彼女は研究に没頭していた。
休むよりも忙しいほうがいろいろ思い出さずにすむ。
もう思い出しても悲しいだけなのだからと。
「いいわ。万全。少なくとも三千は用意して」
新機能のレーザー銃にOKサインをだして、ライサは自分の机に戻った。
もう既に五十種以上の兵器を戦場に送り込んでいる。
嫌だからといって自分の仕事を放棄してしまったら、今度は科学世界が全滅してしまうのだ。王女の国は滅ぼせない。
指示を終えた後、ふと力を抜いて研究用のパソコン画面に目を落とす。
すると、突然首筋のあたりに不快感を感じた。
「きゃっ!」
慌てて振り向くと、そこにはヒスターの姿があった。ヒスターが背後からライサの首筋に軽く触れたのである。
ライサは瞬時に手を払いのけようとした。すると今度は、その手が流れるように彼女の腰へまわっていく。
彼女は一瞬にしてヒスターに抱きかかえられた形になった。
見ると、まわりには他の研究員達がいない。
「ちょ……っ! お待ちください……嫌っ!!」
力一杯ライサはヒスターを押しのけ、彼から離れる。ばくばくいう心臓を落ち着けようとした。
「あっ、その、申し訳ございません! 突然のことで驚いてしまって……」
ヒスターの顔が無表情なのを見て、ライサは恐れを感じた。
仮にもこの方は自分の婚約者候補なのだ。次期国王陛下でもある。そんな人を力いっぱい押しのけてしまったのだ。
ヒスターは微笑を浮かべた。
「ユースティン博士、君は働きすぎだよ。少し休まれたらいかがかな?」
この私を押しのけるなんて、疲れている証拠だーーそう彼の言葉は語っていた。
自分を否定するなんてありえない、そんな自信に満ち溢れている。
「お……お心遣いありがとうございます。ですがまだ、この研究が途中ですので……一刻も早く完成させなければいけません」
深々と頭を下げながらライサは言った。
「そうか、だが私もいつまでも待ってはいられないのだが?」
「お国の存亡をかけた大切なこと。ご理解いただき恐縮です。しばしご辛抱願えませんか?」
「仕方がないな。だがお前は私の妻となる者だ。くれぐれも忘れぬよう」
一瞬ビクッと震える。だが声を絞りつつなんとか口を開いた。
「ありがたき幸せに存じます。精一杯頑張らせて頂きます」
その言葉を聞くと、彼は満足したのか、彼女を解放し退室して行った。
ライサはしばらく呆然とする。頭の中がぐわんぐわん鳴り響いている。
ヒスターは今なんと言っただろう。妻ーー「私の妻」と言った。
候補だとか、話があがっているとか、そんな曖昧なものではない。
ライサと必ず結婚すると、彼はそう断定したのだ。
ディルクの傍になんて贅沢は微塵も考えなかったにしろ、せめて一人の道を歩むことすら許されないのか。
ライサはぎゅっと自分を抱きしめ目を閉じる。
大丈夫だ、だってまた会えるーー会おうと約束したのだから。
それまでは堪えるんだと、彼女は何度も自分に言い聞かせた。
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