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戦争編
第十五章 開戦-2
しおりを挟む「それでは失礼いたします、姫様」
戦況と研究の報告のため、王女の部屋に顔を出したライサは、扉を閉め大きく息を吐いた。
ただ事務的に報告をし、王女がそれに静かに耳を傾ける。王子の手紙はどうだったのか、そんなことすら聞くのを躊躇われた。
なんだかディルクのみならず、王女まで、どんどん遠くに行ってしまいそうな錯覚に陥る。
(離れているのは私……かな)
王宮の廊下を歩きながら研究のことを考えていると、目の前に音もなく婆やが姿をあらわした。
婆やは、王女が生まれたときから傍でお仕えしている者で、彼女も最も信用をおいている。王女の身の回りの世話や護衛をしているが、実は死の軍の一人で、以前は暗殺を主体として活動していたこともあり、腕は確かである。
二人は視線を交わし、道を外れて手近な部屋に入った。
「お疲れ様、ライサ」
「姫様のご様子はどう? さっきもあまり聞けなかったけど」
時々悲しい顔をされるが、日常はあまり変わりなく過ごされているとのこと。
ライサはホッと胸をなで下ろした。
「婆やは……知っていたのよね、王子様のこと」
聞くと、婆やは苦笑した。手紙のことどころか、その使者の少年まで知っているという。
ライサはその言葉を聞いてドキリとした。使者の少年とはディルクのことだ。
詳しいことを聞いてみたい衝動にかられたが、なんとか気を落ち着ける。
知ったところでどうにもならない、思い出して余計に悲しい想いをするだけだと。
「悪いんだけど、婆やに一つお願いがあるの。私はできるかどうかわからないし」
ライサは、魔法世界でディルクと立てた最後の計画のことを、婆やに話した。
王女に危険が迫ったとき、どうしてほしいか。
ライサはその時、王女の傍にはいられないかもしれない。
危険はたくさんあるが、ライサもディルクも、王女と王子が一緒になれることを望んでいると。
二人の計画を知って、婆やは驚きの声をあげる。
「それは……東聖の陰謀の可能性を疑うべきではないの?」
「ないわ。彼なら大丈夫よ」
婆やは信じられないといった顔をした。そんな婆やにライサは笑いかける。
「だって、ディルクは魔法世界での私だもの」
主君への忠誠は絶対よ、そう明るく彼女は答えた。
短い会話を終え、立ち去るライサの姿を眺めながら、婆やは三年前を思い出す。
その日も特に変化のない、穏やかな城内だった。
しかし、婆やはふと何かの気配を感じ、その方向へ銃を向ける。すると小柄な何かが、咄嗟に自分に飛びかかって来た。
もう片方の手でその攻撃を受けはね返すと、その何かは器用に数歩後ろに着地した。ようやくそれが少年であることを確認する。
「何者!?」
婆やが誰何の声を上げると、突如まわりの空気がピリッと変わる。
「これは……結界か! 貴様、魔法使いだな!?」
即座に対魔法攻撃に備え身構え、更に銃できっちり狙いを定める。するとその少年が口を開いた。
「へぇ、わかるんだ。しかも相当訓練してるね、あんた」
世界が分断されて数百年。交流もなければ戦争もしていない。
それでもなお、この女性は魔法使いとの戦いを想定し、鍛えていたというわけだ。
「我が国のため、貴様の存在を今ここで見過ごす訳にはいかない、覚悟!」
婆やは銃を乱射しつつ躍り出る。
しかし少年の動きは速かった。全ての攻撃を躱され背後から見事に羽交い締めにされる。
子供のくせにかなりの力だ。魔法で筋肉を増強しているのかもしれない。
婆やは懐からスイッチをとりだし、躊躇いもせずそのボタンを押した。
「えっ、おい、嘘だろまさか!」
日頃から自爆のために自分自身にくくりつけていた爆薬が反応する。これで自分もろとも木っ端微塵だ。
激しい爆音とともに視界が真っ白になる。
婆やは最後に王女を想い、そしてーー
「……っはーーーー危ね! 危機一髪!」
煙が晴れ、またもや少年の声が聞こえる。
視界も耳も次第にはっきりしてきた。同時に婆やは驚愕の声をあげる。
「な、んということ! このような子供にこんな力があるとは!」
自分は、まがりなりにも軍の訓練を受けた軍人だ。それが魔法使いのこんな子供に、勝てないばかりか自爆を救われてしまったのだ。
この数百年で、隣国は恐ろしい発展を遂げたのではないか、もう子供にすら敵わないくらいに。
婆やが項垂れて口を噛み締めていると、少年はやれやれといった表情を浮かべた。
「えーと、ごめんな、あんた。気づかず余計な攻撃させちまった」
城の衛兵はうまくやり過ごしたんだけどなぁとぼやく。屈辱だ。
「あーあと、そこまで自信消失することないよ。一般的魔法使いに戦闘力はあまりない。俺はまぁ、訓練されたからさ。これでも国では戦闘要員なんだ」
気まで使われる。相当ませた子供である。
聞けば、自分の慕う主の為に、内密にこの国の王女へとある書状を持ってきたのだという。
誰にも気づかれずに潜入するつもりだった、やるな、あんた、と。
後に王女からきちんと事情を聞き、王子のこと、そして少年はその名代で来た使者であり、次期東聖候補であることを知る。
その後も度々少年の面影を感じたが、婆やは彼を捕らえることはできなかった。
捕らえる機会はたくさんあったが、どれも失敗に終わっていた。
それ程に少年は強く、主君に絶対的な忠誠があったのだ。
「警備? 全然平気だよ。それより王子が悲しむほうが苦手でね」
まだ年端もいかない少年は、そう言って笑っていた。
婆やはいつしかディルクを黙認するようになった。息子のような錯覚を覚え、見かけるのを楽しみにすらしていた。
「魔法世界での、ライサ……」
ふと婆やは微笑を浮かべた。だが、次の瞬間悲しみの表情に変わる。
「私は無力ね。大事な子達を救うことが出来ないなんて……」
ため息をつきながら、婆やも自分の仕事場に戻って行った。
◇◆◇◆◇
戦況は魔法世界側が押していた。ライサは窓際に立って、無言のまま戦況の報告を聞く。
(まだよ。まだ、死の軍が動いてないわ。本当の戦いはこれから……)
死の軍は不気味なほど静かだった。
一体何をやらかすつもりだろう。ライサはいてもたってもいられなかった。
(どうか、酷いことをしませんように……)
研究所から動くことのできない彼女は、ただただ祈るだけだった。
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