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冒険編
第十四章 ライサの帰還-2
しおりを挟む「ライサ」
王女の静かな声に、彼女はドキリとした。困った顔が今度こそ表に現れる。
「何年あなたとつきあってると思ってるの?」
ライサがこの婚約に乗り気でないことくらい、王女にはお見通しだった。
「やせ我慢しないで、嫌ならやめていいのよ。そんなことくらいで、私はあなたを遠ざけたりしないわ」
自分だって、縁談話くらい各地から持ち上がっているのを、悉く断っているんだから、と微笑みながら王女は話す。
「私はライサが本当に好きになった人を応援するって決めているの。ヒスターだって止めるわよ! 他の宮廷博士の方々に後ろ盾になっていただく手もあるし、心配しないで?」
しかし、彼女の顔は青くなるばかりで笑顔は戻ってこなかった。
「いえ……いいんです。そこまでして……いただかなくても……皆様にご迷惑、かけてしまいます」
「ライサ……?」
様子がおかしいことに王女は気づいた。
ライサは取り繕うこともできずに目を固く瞑って下を向き、全身に力を込めている。
しかし、耐えきれなくなったのか、再びぼろぼろと、溢れんばかりの大粒の涙を零し始めた。
「ライサ!?」
「ご、ごめんなさい、姫様……私、ひ、姫様にお会いできたのが嬉しくて……ずっと、ずっと悲しかったから……それだけで、何でもなくて……それ以外に理由なんてなくて……あったら、いけなくて……だから……」
拭いても拭いても涙が止まらない。
やがて、うわあああああーーと、ライサは緊張の糸が切れたように泣き出した。
「ライサ……ごめんね、そんなに悲しい思いをさせてしまったなんて……」
「ち、違うんです……ごめなさい……ひめさま、ひめさまぁぁぁ!」
王女は戸惑いながらもライサを強く抱きしめ、頭を優しく撫でる。
ライサはそのまま、涙が枯れるまで王女の胸で泣き続けた。
◇◆◇◆◇
ひとしきり泣いたライサは、目を腫らしながらも背筋を伸ばし、研究所に行くと言って去って行った。
泣いてしまったことは忘れて欲しいと、何度も何度も謝りながら。
(ライサ……帰ったばかりで疲れているはずなのに……)
彼女が立ち去った後も、王女はその場に立ちすくんでいた。
(ご両親が亡くなられた時だって、あんな泣き方はしなかった。何が……あったの……?)
しかし考えても結論は出ないーーそう思い、気を取り直して、あらためて王子からの手紙に視線を投じる。
彼女が命をかけて貰ってきてくれた手紙。
それを読んでいくうちに、王女の顔が驚きに変わっていった。
手紙にはライサの、魔法世界での日々が書かれていた。
王子は彼女がディルクと会ったその日から、彼を始めとして四聖やその部下達から、様々な報告を受けていたのである。
北聖の予知から始まり、ラクニアでの日々、死の軍への攻撃など、彼女にはとにかく助けられたと。
そして、ほぼ常に行動を共にしていたディルクのことも、丁寧に記されていた。
協力しあった彼らの行動は、死の軍をも凌駕する驚異的なものであり、彼を除く四聖からは同じ意見が寄せられたと。
ーー二人は互いに補い合える唯一の存在と見る。
ーーむしろ両者の協力こそを、この戦いに役立てられないだろうか。
ーーこの太古からの繰り返される世界の争いに、終止符を打てるような力になり得ないだろうか。
ーーこのまま、おそらく惹かれあっている二人を引き離して、取り返しのつかないことにならないだろうか。
「嘘……ディルシャルク……さん……!」
王女は、一年半前まで王子の使いとして来ていた少年の姿を思い浮かべた。
王子に忠実で絶大な力を持った宮廷魔法使い、東聖の少年。
科学は好きだと言っていた。魔法は当たり前すぎてつまらないから、科学をもっと知ってみたいと。
私が教えられたらいいんだけどという王女に、「そうしてもらうと王子が拗ねるからなぁ」と笑っていた。
「そう、ライサは……とても彼に、お世話になったのね……」
二人とも自分の主君を裏切るような者ではない。だからこそ、おそらく自分達よりも辛い目にあうに違いない。
何とかしてやりたいーーそんな王子の訴えが伝わってきた。
◇◆◇◆◇
科学世界では、戦争の二文字がテレビや雑誌、新聞、ネットなどいろいろなメディアによって、少し前から知れ渡っていた。
魔法世界側の宣戦布告がなくとも、こちらから仕掛けていたのは言うまでもない。
戦争に対する反応は様々だったが、魔法に対する疑惑や反感のほうが強かったので、兵はすぐに集まる。
魔法使い達が壁の破壊を始め、そう時を置かずに科学世界側の壁もこちらから取り壊しを始めた。
数百年前の代物とはいえ強固であり、また範囲が広大なため簡単にはいかないが、宮廷の調査員の話によると、世界の境目の壁が全壊するのももう間も無くとのことだ。
魔法世界では第一軍と見られる軍隊がラクニアに到着、科学世界でも、死の軍ではないが、第一陣がクアラル・シティに集結する。
どうやら戦場はこのまま境界になりそうだ。そこなら人は住んでいないし、思う存分に戦える。
兵器のほうも、ライサが帰還する前から進められていたのであろう、従来のものだが大量に用意されていた。
ミサイルなどの核兵器、レーザー銃や爆弾など様々な武器が搭載され、戦闘機や輸送機が次々と飛び立っていく。
その様子をライサは一人、軟禁とも言える軍事研究施設から見送っていた。
「ディルク……」
ふと彼の姿が浮かぶ。そしてその穏やかな表情をした彼を、数々のミサイルや爆弾が襲いかかるのを想像して、顔を覆い、泣き崩れそうになった。
たった一日だけの恋人だった。
そして既に道が分かたれ、完全な敵同士になった今でも、彼への想いはやはりくすぶり続けている。
(大丈夫、大丈夫よ、ディルクは強いもの。やられたりなんてしない)
だから自分は国のため、王女のために出来ることをしなければーー。
それにしても魔法使いの軍事力はどの程度なのだろう。下手して科学世界が全滅してしまってもいけない。
でも飛び立った戦闘機などを見ると、もう今にも魔法使いがやられてしまいそうに見えた。
ライサは科学世界は元より、魔法使いに滅んで欲しくなかった。
最初からこの戦争を本気で戦おうとは思っていなかった。
だが、その甘さが後々裏目にでるとは、そのときは思ってもみなかったのである。
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