隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第十二章 王都到着-3

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 ライサはゆったりとした服に着替え、上着を羽織ってバルコニーに出ていた。
 空を見上げると星が綺麗に瞬いている。魔法使いは基本暗闇でも見えるので、明かりは大量にはつけない。そのため、随分小さい星までも見ることができた。

「ライサ? まだ起きてたのか?」

 下の方から声がかかる。庭にディルクと思われる人影が、なんとか確認できる。

「えーと、ディルク、だよね?」

 人影は飛翔すると、ライサのいるバルコニーに降り立った。
 ようやく顔が確認できる。
 見ると、いつもの彼とは違い、とてもきちんとした格好をしていた。
 旅の最中は破れてこそいないものの、かなり質素な服だった。
 今は、絹を素材とし、青を基調とした服を纏っている。落ち着いた雰囲気の、だがかなり高価な衣装であることが一目でわかる。頭にはやわらかめの帽子を軽くかぶっており、額には、大きなサファイアのついた、とても上品なサークレットをしていた。

「え、どうしたの? その格好……ふふ、いいじゃない。東聖様みたい」

 まだじっくり観察しているライサに、少し照れながらディルクは答える。

「宮殿行ってたからな。書状のこととか聞いてきた」

 言ってディルクは、王子に聞いたことをライサに伝える。

「じゃ、国王様に知られた内容って、やっぱりラブレターなんだ」
「まぁな。しかもわざわざペンを変えて書いてたんだから、ある程度姫さんも想定してたんじゃないか?」

 そうかと、ライサはホッとしたような心配なような、微妙な顔をする。

「どうした? そこまで気にする内容でもないと思うが……多分」
「どうかなぁ。国王様は姫様を溺愛されてらっしゃるから」
「……」

 娘をたぶらかすなんて許さん戦争じゃ、などと本気で言い出しかねない国王の姿を思い浮かべ、嘆息した。

「戦争にならないといいな。戦いたくない……」
「……戦わなかったら、どうしたい? 俺達が、敵同士でなかったら……」

 ディルクが聞くと、ライサは考えることすらせずに即答する。

「そりゃあ、魔法の、魔力の研究でしょう! とことん付き合って貰いたいわ!」
「ははっ、いいな、それ。ずっと……一緒にいられるな」
「えっ?」
「あ、いや……」

 ディルクが顔を逸らし口元を覆う。ライサは特に気にも留めず、話を続けた。
 
「私ね……明日帰ろうと思う」

 その瞬間、夜の暗闇が一層増した気がした。何故か身体も重くなっていく。
 何か話さねばと焦り出す。

「そっか……久しぶりの、帰国だもんな。姫さんは元より、お前婚約してるんだって?」

 努めて明るい声でディルクが言ってきた。男いないとか言っておきながらと苦笑する。
 そういえばダガーがそんなことを言ったとライサは思い出す。

「姫さんの兄か弟か? メルレーン王国王子殿下。出世じゃねーか」
「違う! そんな婚約してないわ! 誤解!」

 ライサは力一杯否定すると、ペラペラと事情について説明しだした。
 ダガーが言ったヒスターという男は王女の弟であること、それ故に顔を合わせる機会は多かったこと、でも婚約などという話が出てきたのはつい最近で全く興味もないこと、向こうも宮廷博士という肩書が欲しいだけなことを一気に捲し立てる。

「だから、やめて! 間違えないで! ディルクだけは、そんな誤解しないで!」

 腕を掴んでの切羽詰まったような懇願に、ディルクは慌てて首肯した。

「そんな、血相変えなくても……」
「本当ね、絶対よ! というか、ディルクこそ、ちゃんとサヤさん大事にするのよ!」

 すると今度は、ディルクの方が怒ってライサに詰め寄った。

「待てよ、なんだよそれ! 違うって言っただろ。お前こそ、この間からいい加減しつこいぞ!」

 しかし今度はライサは引き下がらない。

「何言ってるの、いい加減気づいてあげなさいよ。どう見ても信頼し合ってるし、付き合いだって長そうだし、お似合いじゃない。どこがダメなのよ!」
「ダメじゃねーよ、いい奴だあいつは! 元々王子が落ち込んで臥せっていた時に、ラクニアから医者として呼ばれたんだよ。でも俺の部下ついてからはまだ半年だ。長い付き合いでもなければ、俺はサヤをそういうふうに見たことだってない! お似合いだとか言われたくねーよ、お前にだけは!」

 ディルクが力一杯否定する。サヤとの事情を添え、誤解を解くため、まさに先程のライサのように。

「何それ意味わかんない。私にだけって……」

 ふと、違和感に気づく。
 自分もさっき言った、ディルクにだけは誤解されたくないと。
 それは彼を意識しているからだ。特別に好意を持ってしまったからだ。
 想いを伝えることがなくても、せめて誤解だけはされたくないと……それは悲しすぎると。
 じゃあ、彼は何故、そう言ったのだーーーー?

「お前……?」

 ディルクの呟きに、ライサはギクリと身体を硬直させた。

(気づかれた……! 同じことに!)

 ライサは何も言わずクルリと背を向け、部屋に入ってバルコニーの扉を閉めようとする。
 ディルクは驚いてそんな彼女を即座に捕まえた。

「待てよライサ! お前……お前も、もしかして……」
「ち、違う! やめてディルク! そんな筈ないんだから。あったらいけないことなんだから!」

 溢れ出る涙。ディルクはもう、そんな彼女に黙っていることなど出来なかった。

「いや、違わない……」

 ライサの動きが止まる。彼から目が離せない。

「俺は……お前が好きだ、ライサ……」

 ディルクは静かにそう告げると、躊躇うことなく彼女の唇を己のそれで塞いだ。

 ライサは抗うことが出来なかった。ディルクにされるがまま、その口付けを受け入れる。
 何故、どうしてという疑問と共に、頭の中で何度も何度も彼の言葉が繰り返された。
 長い口付けの後、ディルクがそっと解放する。

「ごめんな、困らせた……忘れて、いいから」

 顔を上げようとしないライサに、ディルクはそれだけ言って部屋を出ようとする。
 すると今度はライサが咄嗟にその袖を掴み、俯きながら消え入りそうな声で伝えた。

「私も……困らせていい? ーーーーーー貴方が、好きです……」


  ◇◆◇◆◇


 翌朝まだ暗いうちに、ライサは着替えて荷物をまとめ、一人こっそりと部屋を出た。

 昨夜は結局夜遅くまで二人で過ごし、お互いの気持ちを確かめ合った。
 言うつもりはなかったと彼は言っていた。ライサも、伝えようとすら思わなかった。
 王子達のこと、とやかく言えないな、と苦笑する。
 それから互いに緊張しながらも、手を合わせ、寄り添い、キスをした。
 それは本当に夢のようなひと時でーー。
 それぞれの部屋に戻ったのは夜もかなり更けた頃だったが、ベッドに入ってからも、眠ることなど出来なかった。

 廊下をそっと抜け、玄関の扉を開ける。するとすぐさま後ろから声がかかった。

「黙って行くのか、ライサ」

 ビクッと彼女は身体を強張らせた。やはり昨晩のことは夢ではなかったのだと認識する。
 激しい動悸を抑えながら、小さい声で後ろ向きのまま呟いた。

「……ディルクの顔見たら、帰りたくなくなる、と思ってーー」

 すると彼は「ばかだな」と言いながら、後ろからそっと抱きしめた。

「夕方まで待てるか? ちゃんと壁まで送るから……」

 きちんと別れようーーディルクは腕に力を込め、震える声で呟いた。
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