隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第十二章 王都到着-2

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「ええっ、おいしい! 何これー」

 王子と別れた二人は、デートはともかく王都を散策するかと、貴族街を出て平民街のお洒落なカフェ&バーに落ち着いていた。

「だろ、この店は格段にうまいんだよ。おっちゃん、もうひとつくれる?」
「……いいけどディルク、そろそろ彼女、紹介してくれよ」

 するとたまたま来ていた客達が、一斉に耳をそばだてたのが、ライサにはわかった。
 思わず喉を詰まらせて慌てて水を飲む。

「えーいいだろ、勘弁してくれよ」
「こいつぅー。でもディルクもそんな歳になったんだなぁ。嬢ちゃん、末長くよろしくな!」

 一人うるうるする店主に、もらい泣きする人もちらほら。ライサは無理矢理笑顔を作って応じる。
 最初デートと言われ、力一杯否定していたライサだが、肯定しようが否定しようが自分たちは話のネタになることに気付くと、抵抗するのをやめ、こうして一通り落ち着くのを待った。
 二人で歩いている以上仕方ない。彼は有名人だ。

 そんな調子でおすすめのお店を数件、それにイベントや舞台鑑賞などしつつ日が暮れる。
 ディナーを堪能しながら、ライサが今日一日満足しきったという笑顔で、最後におすすめの宿を聞いた。

「宿? 王宮でいいだろ。……俺ん家がいいか?」

 ぐっ、とライサはまたもや食べていたものを、喉に詰まらせそうになった。
 彼は、俺の家も王宮の敷地内なんだがなと、気にしたふうもなく付け足す。

「いえ、お世話になったら悪いし!」
「? 今まで散々、ガルやネスレイやマナんとこ泊まったくせに。おかしな奴だな」
「それもそう……ね……」

 落ち着け私、大したことじゃないーーと、ライサは数回深呼吸をする。

「そういえば、サヤさんとリーニャはどうしてるの?」
「回復して王都に向かってるって連絡あったぞ。馬車使うようだから明後日あたりに着くかな」

 迎えに行きなさいよ転移魔法でぱぱっとーーライサはそう突っ込みそうになって、ディルクが昨日負傷したことを思い出す。
 魔力的に問題がなくても、二人抱えるのはしんどいのかもしれない。
 でも、今日は彼の家に一人で泊まらないといけないのか、とやはり動揺を隠せない。

「そんな警戒しなくても、とって食いやしねぇよ」

 面白そうに言うディルクに、ライサは耳まで赤くなった。


 王宮の敷地内、王族の別邸の隣にディルクの屋敷はあった。
 隣といっても建物から建物は歩いて五分くらい離れているが。
 部屋数はそこそこあるものの研究設備も倉庫も書庫もないので、他の四聖の屋敷よりは、こぢんまりとしている。

「まぁ、研究も倉庫も本棚も、すぐそこの宮殿に揃ってるしな」

 確かに自由に出入りできる身分なら問題ない。更に宮殿には四聖それぞれの部屋が常に用意されているという。

「え、えーと、誰もいないの? ご家族とか」
「先代が亡くなってからは一人かな。掃除が入るくらいか。まぁ泊まりがけも多いし」

 そう答えると、ディルクは自分の寝室の二つ隣の部屋を開け、鍵を渡す。

「中のもん適当に使えよ」

 本当に適当にそう言うと、彼はそのまま部屋を出て行った。


  ◇◆◇◆◇


「それで……」

 王子は、昼に会った時とはまるで違う、大層な衣服を纏っていた。
 高級で贅沢な素材をふんだんに使用した衣服で、煌びやかだが落ち着きのある部屋に佇み振る舞う姿は、完璧な一国の王子そのものだ。

「この文書が、向こうの王に知られてしまったわけだね?」
「そーいうこと」

 ディルクもまた、旅の時とは違う王宮用の礼服を着て威厳を保っていたが、口調だけは変わらず親友のそれだった。
 今、この王宮の王子の自室には、彼とその主人の二人しかいない。

「それで、結局内容はなんだったんだ?」
「ええと……一年半ぶりの想いが半分と」
「……そこは割愛してくれ」
「死の軍について、父君の方針の変化と、この国への危険性、それにライサさんのことも書いてある」

 発達する科学、それに追随して進む兵器開発、軍の鍛錬等、戦争の準備を着々と進めているようで心配の毎日とのこと。そして自分の片腕のライサを送ると。

「一年前に宮廷博士号をとった科学のプロだから、頼りになるだろうとあるね」

 やはり王女もそこ期待してたのかと、ディルクはライサの身の上を同情せずにいられない。こき使われる大変さは、自分がよく知っている。

「でもよく死の軍は返してくれたな、そんな内容」
「ああ、それは後半が読めなかったからじゃないかな」

 王女からの手紙は六枚。その表に王子への想いが綴ってあり、裏にその軍の情報が記されていた。

「私は姫にヤロスゲのペンを渡していてね」
「あー成る程、いつの間に……」

 ヤロスゲという植物のオーラを使って記すペン。当然、魔法使いにしかその文字は見えない。
 つまり、科学世界の者にはその手紙は、ラブレターにしか見えないのである。

「……後半の情報は、報告するからな」
「そうか、やむを得ないね」

 いつ不意打ちを含めて、科学世界が攻め込んでくるかわからない。こちらも準備だけはしておかねばなるまい。

「それはそうと、デートは楽しかったかい? ディルシャルク」

 ふと顔を上げて王子が笑顔で聞いてきた。ディルクはじと目で睨み返す。

「どいつもこいつも全く。惚気全開で付き合えるか、恥ずかしい。俺にどうしろってんだよ」
「意外に素直じゃないねぇ君は。“竜の髭“も消しちゃったくせに」

 言って彼の額に目をやる。
 マナに借りたものと付け替え、宝石量はあるものの、サファイアを主としたシンプルなサークレットを、彼はごく普通につけていた。
 荒れていた時、鎖に大きめの宝石を何個もくくりつけ、頭が変形してしまいそうなくらい巻きつけていたことはまだ王子の記憶に新しい。

「!! す、すまん……」
「いいよーというか遅すぎたくらいだよ。もう、本当に大丈夫なんだね」

 ホッと安堵した笑顔。今まで相当に心配をかけていたのがわかる。

「……あいつがさ……」

 ディルクがふと呟いて表情を和らげた。

「あの人を潰したオーラなんて見えないって言ってくれた。精神的被害なんて受けるわけない、輪がない方が好きだって……」

 そこまで言って、ディルクは顔を紅潮させる。何を言ってるんだ俺はーーと。

「じゃ! 俺もう行くから、おやすみ!」

 投げやりに言うと、ディルクは少々荒々しく退室して行った。
 王子はしばし呆然とし、感心して呟く。

「”竜の髭“なんてもう必要ないじゃないか……やるなぁ、ライサさん」

 そして珍しくあてられる側にまわされた王子は、結構恥ずかしいものだねぇと苦笑した。
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