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冒険編
第十章 南聖の書斎-4
しおりを挟むーー世界が変わるんだよね!
王女からの手紙を胸に抱え、王子は陶酔したように語った。
毎度毎度、彼は手紙を読み終えると、年下の友人にその内容を熱く語る。
あまりの惚気っぷりに、ディルクは思わず聞いた。恋人とはどんな存在なのだと。
ーー彼女が一緒だと世界はとても明るいし、すごく満たされる
ーー逆にいないと、何をやっても満たされない。自分が欠けている感じがするんだよ
(全然わかんねーよ! 他の奴だっていいだろ。見合い話もいっぱい来てるくせに)
ーーそうだね、でも、彼女だけなんだよ、僕は。彼女じゃないとダメなんだ。傍にいないと不安でたまらなくなる
(不安? 傍にいないだけで?)
ふとディルクは周りを見回した。そういえばライサの姿がない。
あれ、と自分でも訳がわからぬまま、心臓が突如激しく打ち始める。
王子は微笑みながら消えるが、それよりも彼女の姿が見えないのが気がかりだった。
(ライサ! 何処だ、俺を呼んでくれ、ライサ!)
ディルクは名を叫びながら、暗闇の中を走り続ける。
何処だ、どうしたんだ、無事なのか、また捕まっていたら、河で溺れていたらーー言いようのない不安に襲われる。心配でたまらない。
すると、目の前にスッと彼女が現れた。
顔は見えないが、無事な姿を見て、ディルクは安堵の息をもらす。
ーーだめだよ。サヤさんがいるでしょ。
そっと触れようとして、彼女から制止の声がかかる。なんだそれ、そんなんじゃない。
ーーサヤさんじゃだめなの? どうして? じゃあ他の人ならいいの?
ドクンと心臓が鳴った。サヤも他の人も違う、と。
ディルクが硬直して動けずにいると、ライサの隣に突如見知らぬ男が現れた。
自分と同じ位の歳の、身なりの良い、おそらく科学世界の男ーー。
その男はライサの手を取り、そのまま二人一緒に笑いながら去っていく。
ーーさようなら、ディルク。
(誰だ、お前!? ライサ、どこに……っ!? 待て、ライサ! ライサ!!)
硬直がとれて身体は動いたが、追えども追えども追いつかない。手が届かない。
とうとう彼女をその視界に捕らえることはできなくなり、ディルクは膝をつき、その場に崩れ落ちた。
気持ち悪い。
彼女の姿が見えない事への恐怖。立てないほどの脱力感。
そして気づく。彼女だけは傍にいないとだめなのだと。他の人ではだめなのだと。
それ以上は何も考えられなかった。
呆然と辺りを見回すと、そこに綺麗な泉が現れる。
そう、これは夢だ。ディルクはガラガラに乾いた喉を潤したーーーー。
◇◆◇◆◇
ごくっ……ディルクは乾いた喉を潤し、目を開けた。唇に温かい、柔らかな感触。
それに気づいた瞬間、甲高い悲鳴とともに目の前の視界が開けた。
「でぃ、ディルク! き、気づいてたのっ!」
口移しで水を飲ませていたライサは、突然の彼の覚醒に、部屋の隅まで跳びずさっていた。
耳まで真っ赤な顔をしたまま、必死に口をぱくぱくする。
「た、体温低下、け、血圧もすごい勢いで低下してたし! 薬! そ、そう薬飲ませようとしたんだけど、気を失ってたからだから!」
人助けよ、特に深い意味はないのよ、てか薬まだ効いてないでしょ目覚めるなんて思わないしーーと、ライサは混乱しながら一気に捲し立てる。
しかし、反応がない。
「ディルク……?」
魂が抜けたようにまわりを見回し続けるディルクの様子に、ライサはただならぬ雰囲気を感じた。先程までの動揺も一瞬で吹き飛ぶ。
彼の視線がひととおり彷徨った後、ライサのところで止まった。
「らい……さ?」
「う、うん……大丈夫、ディルク?」
ライサは、ソファに座っているディルクの傍へと向かい、彼の横に腰を下ろした。そして、まだ少し青ざめている彼を覗き込む。
ディルクはただただ呆然としていた。ライサを通り越して遠くを見ている。
ライサは自分の額に手を当て、ディルクの額にも手を当てた。
熱はなく、体温も脈も戻っていると確認しながら、両手で頬を包み、自分の方へ向ける。
彼女が真正面から見据えると、ディルクも目を泳がせるのをやめ、無言のままその目をじっと見つめ返した。
しかしあまりにずっと見つめてくるので、ライサは落ち着かなくなって目を逸らし、小さな声で詫びる。
「その……ごめんなさい。治験すらしてない薬を……悪かったわ」
何度目かの沈黙。
何も言わないディルクにライサは不安になった。実は物凄く怒っているのではないか。
恐る恐る彼の方を向いてみると、今度は突然ディルクがライサの頬を包み、自分の方へと向け目を合わせた。
「……ありがとな。水」
「へっ!? あ、う、うん……」
落ち着いた、静かな声だった。しかし何処となく現実を見ていない気がする。
「あの、怒ってないの?」
「何に?」
「そ、その……飲ませたり……いろいろ……」
しどろもどろに言うライサ。そうしているうちに、ディルクに感覚が戻ってくる。
「あー……あの味は酷かった、実に酷かった」
「あ、あはは、ですよねー……って、そうじゃなくて! そっちもだけど、そのっ!」
顔を真っ赤にして俯く。ディルクは首を傾げ、静かに指摘した。
「口移しのこと? まぁ俺も、お前に人工呼吸してるし」
「そうそう……って、へっ!?」
淡々と語られた言葉に、今度はライサが一瞬呆然とする。
「な、ななな、なに、それ!?」
「なにそれって、お前この間河で溺れただろ。あのとき息止まってたし、転移もできなかったし、その場にいたの俺だけだったぞ」
大したことでもないといった顔で告げられる事実。ライサはそれを理解するのに数秒を要した。
「う、うそ……し、知らなかった……」
悶絶始めるライサに、ディルクは思わず吹き出す。そんな彼の反応に、彼女は頬を膨らませた。
「でも、た、助けてくれたんだし、まぁ、その……あ、ありがとうっ」
不自然に最後の方の音程を上げながら、明後日の方を向いて礼を言う。命を助けてもらったのは事実だ。
そもそも淡々としたディルクの反応を見ると、この世界では接吻自体大したことじゃないのではと思い、気を落ち着かせる。
そして薬品が入っていた空の容器を拾い上げた。
「やっぱりそう簡単にはいかないか。もうちょっと研究してみ……っ!?」
言葉が終わらないうちに、ライサは突然ディルクに抱きしめられた。予想もしなかった彼の抱擁に、彼女の全身が硬直する。
「ちょ、ちょっとっ! ディルク?」
「悪い……少しだけ、このままでいいか?」
よくよく意識を向けると、彼の身体が僅かに震えているのが伝わってきた。
「ディルク?」
先程の薬の効果で、もしかして幻覚を見たりなど、怖い思いをさせてしまったのだろうか。神経系への作用がある薬だ、可能性がないわけではない。
心配になったライサは、自分も腕をまわして、彼の背中をゆっくりさすった。
ディルクは僅かに微笑し、彼女の感触に全神経を向ける。
驚くほどの安堵感、そして今触れている事への満足感ーー。
震えていた身体が徐々に落ち着いていく。その初めて知る感情を、ディルクは夢でなくこの現実で、ひとつひとつきちんと自覚していく。
「他の人だとダメな訳ーーか。俺も……わかったかも」
「え?」
呟きが聞こえずライサが聞き返すと、彼はひとつ息をして腕をほどき、彼女をまっすぐ見据え、面白そうに言った。
「研究やり直しかーーーーなら、キスからか?」
「き……っ!」
ライサの体温はその一言で一気に上昇した。ディルクはその反応に爆笑している。
先程まで震えていたくせにいつの間にか調子を取り戻し、今やライサの方が完全にからかわれていた。
「顔真っ赤だぞ、ライサ」
「ききききすとかそういうこと言うからじゃないの! 何でそこからなのよ関係ないしっ! そもそもあああれはこ、恋人とかでやるのよ、ししし知り合いや友人とかとはやらないのよ科学世界ではっ!」
「何だそれ。魔法世界もそうだぞ? 人助けとか言ってめっちゃ気にしてんじゃねーか」
「そそそそんなわけないんだから! も、もうっ、研究の邪魔よ、出て行ってよっ!」
笑い続けるディルクの背をグイグイ押し扉の外へと追い出すと、ライサは真っ赤な顔をしたまま扉を勢いよく閉めた。
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