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冒険編
第十章 南聖の書斎-2
しおりを挟む「……ね、お二人とも、どうやって文通をしていたの?」
ライサが久しぶりにディルクに声をかけた。酷く、力ない声だ。
やはり彼女の方の回復にも、まだ時間がかかりそうだと彼は思う。慎重に言葉を選んで答えた。
「王子の友人あたりが、手紙を届けてたんだな、きっと」
なんとも曖昧な表現だ。しかしライサは確信して、彼に念を押す。
「……ディルクは王子様の友達、よね」
隣りでぐっ、と絶句しているのがわかった。ディルクは降参とばかりに両手をあげる。
「はー……なんでそう思ったか、聞いてもいいか?」
「事情に詳しすぎるし、科学世界まで行ってるし、王子だとか嘘言えちゃうし、それに……」
サヤが、慕っていたからだーーーー。
ラクニアを出る時サヤから、好意を寄せている王子の友人に会いに王都へ行くと聞いて、ライサは確かに応援した。うまくいって幸せになればいいと。
それなのに、相手がディルクかもしれないと思ったとき、彼女は素直に応援出来なくなっていることに気が付いた。だから、なるべく考えないようにしていたのだが。
今回ばかりは、確信する要素が多すぎた。
どうしてディルクだったのだろう。
ディルクでさえなければ、いくらでも応援した。
どうして自分はディルクとのことだけ応援できないのか。
どうして王子以外では駄目なのだと思った時、ライサは自分でこの疑問にぶつかってしまい、結局書状を諦める選択が出来ずに右往左往している。
「ディルクはどうして、手紙を届けていたの? お二人を応援しているわけじゃないんでしょう?」
「ん、んーまぁ、そうだな……」
ディルクは少し考えた。
質問の意図はわかる。普通に考えれば、そんな二人の恋愛に賛成する者などいないだろうからだ。
王子が科学世界へ迷い込んだのは、例のオーラの事件で、隣国へ逃げ出した自分を追いかけてきたのが発端だ。
それ故、責任も感じていなくはなかったのだが。
それでも一番の理由と言うのならーー。
「王女に会えなくなって、日に日にやつれていくあいつを見るに耐えれなかった……」
「そっか」
「……納得なのか? それで」
「うん。私も姫様がそんなことになったら、何でもしたと思う」
そんなライサの回答に、ディルクはふと笑みを浮かべた。
本当は彼も心の奥底で、こんなことするべきではなかったのではないかという疑問がずっと燻っていた。
例えやり直しても、結局同じ行動をとっていただろうと思っても。
王女からの返事を初めて渡したときの王子の表情は、今でも忘れられない。
ただ王子の元気な姿を見たかったというだけの自己満足を……彼女は、わかってくれた。だからーー。
「ディルク、お願いがあるの」
彼女が何かを決めたのなら、出来る限り手を貸そうーー彼はそう思った。
◇◆◇◆◇
南聖マナフィの屋敷には、星の数程もの書物が置かれている。その種類は様々で、太古からの知識の宝庫とも言えた。
ライサはマナに、ディルクの監視付きという条件で、その書斎の閲覧の許可をとる。
そして二人は時間も忘れ、書物を読みふけっていた。
「監視も何も、誰かいてくれないと満足に調べることも出来なかったのよね」
まず、書斎は地下だ。
天井から光が指すものの、本棚は下へ下へと延びており、明かりは元より足場すらない。暗闇でも物が見え、飛べる魔法使いには必要ないものだから当たり前だ。
そしてライサの求める知識に関する記述の言葉自体、知らないものが多かった。
この世界に来るときに受けた魔法世界言語プログラムは、その元となるデータが日常言語だけだったからだ。
「そういえばディルクは、科学世界で言葉どうしていたの?」
魔法世界に言語プログラムなんてあるのだろうか。
「あーテレパシーに近い? 意識シンクロ魔法があってだな。ま、動物との対話用なんだけど」
自分と相手を明確に意識すれば、話している言葉が違っても、相互に意味を理解できるらしい。
「ど、動物との対話!? えええ、めっちゃ興味あるんだけど! プログラム化とか出来ないかしら!?」
目を輝かせてライサが期待するので、ディルクは「また今度な」と宥める。
いちいち脱線していたら、時間がいくらあっても足りない。
「言葉よりも、科学世界には見えないものが多くて、最初はかなり苦労したな」
「見えないもの? 結界とかないわよね」
「結界もセンサーも見えるからいい。結構多いぞ、ビニールとかペットボトルとかそのテの高分子化合物。本当困ったプラスチック……」
道を歩いていてポリバケツにつまずいたり、子供の遊具とか、電話や時計みたいなもの等々。
ライサはその様子を思い浮かべて、思わず笑ってしまう。
「だからちょっと楽しみだな。見える物が変わるの、さーーーー」
先日ライサが言ったお願いは、突拍子もないものだった。
「貴方の、捜索の魔法、貸してくれる?」
捜索魔法は見えない物は捜せない。なら要は、ディルクにも見えればいいのだと。
目が違うからとわかっているし、あとは構造の違いがわかれば、科学の物も見えるようにできるかもしれない。
少し時間はかかってしまうが、河に流されて海まで行ってしまったかもしれない鞄を、彼女一人で捜すよりは現実味がある気がする。
そして、それを実現するだけの知識を、ライサは持っていたのだ。
「……捜すことにしたんだな」
ディルクは一言そう呟き、ならば、とマナフィに書斎を開けて貰ったのである。
「ディルク、これ何? この、ミ、ルシィン、タツ…??」
「それは目の魔力感知と認識を……ええっとお前らにもあるだろ、視神経、みたいな?」
「なるほど、そうするとーうんうん。ここの本、先生には宝庫かも」
「先生?」
ディルクが聞き返すと、ライサは懐かしい目をした。
科学世界にも魔法使いを研究する者はいるのだという。かなりのマニアック分野だったが。
「今はディルクが、ちょっとでも科学を知ってて助かったわ」
魔法世界特有の専門用語など見かける度に、ライサはディルクに意味を聞いていたが、彼の説明は非常にわかりやすかった。
知りたいことを、ライサに合わせて的確に表現してくれる。
もしかして思考の仕方が意外に似ているのかもしれない。
「そっちの世界で一時期世話になってた人の親戚が、医者だったからな。小学校ってやつにも行ってたし」
「ちょ、貴方いつから科学世界に来てたのよ?」
ディルクは少し考えて、あの魔法を覚えたての頃だからーと呟き「八年前」と答える。
「……その辺のお話、いつか詳しく聞きたいわね……」
王子が五年前に来ていたことだけでも衝撃的だったのに、とライサはため息をついた。
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