25 / 98
冒険編
第九章 竜の髭-1
しおりを挟む翌日、宿の勘定を済ませた一行は、早々に街を出る支度をし、出口へとやってきた。
南聖の屋敷は、このララの街からそう遠くないところに位置しており、河沿いにもう少し行けば、昼過ぎには到着することができるという。
街の出口でチェックを受けているディルクとサヤを置いて、ライサとリーニャは一足先に街の外に出た。
その日は朝から雨だった。ザーザーとやむ様子もなく降っている。ララの街は地下なので、さして不都合はなかったのだが、改めて雨の中に立ってみるとかなり降っていた。
ライサは街を出ると傘をさし、顔をしかめつつその雨を眺めていた。
横にリーニャがいて、何もないのに雨があまりあたらない状況に首をかしげている。
「あー鬱陶しい雨……」
ライサが呟いたとき、チェックを受けたサヤとディルクが街から出てきた。リーニャが手を振りながら二人に呼びかける。
「こっちこっち! サヤねーちゃん、ディルクにーちゃん!」
サヤはライサとリーニャの様子に首をかしげる。対して横にいたディルクは、二人を見た途端に反応した。
「ライサっ! まさかそれ、傘かっ!?」
相変わらず絡んでくるディルクだったが、口調からは昨日までの険悪な雰囲気が消えている。
ライサは思わず口元を綻ばせ、そして力を込めて言い返した。
「どー見ても、傘でしょっ!」
するとディルクが負けじと言い返す。
「だから、見えねーって言ってんだろっ!」
魔法使いにナイロンの雨傘が見えるはずはない。
「そんなの、いばんないでよっ! それより何? 私、傘ないと濡れるんだから、こればっかりは認めてもらうわっ!」
先日科学の力は使わないと言ったライサだが、他にどうしようもない。断固使わせてもらうんだから、と意気込んでいた。すると、
「もう一本持ってねぇ?」
脱力する一言が返ってきた。
いやーそれ、なかなか便利だぞーーそんなことを言いながら、ディルクは期待のまなざしを向ける。
ライサは呆れながらも鞄からもう一本、折畳式の傘をとりだした。なんとなく面白くないので、傘を広げてディルクでなくサヤに渡す。
「はい、サヤさん、こうやって持ってくださいね」
「まあ、ありがとう」
ディルクは少し機嫌を悪くしたが、サヤの傘の中にひょいっと入っていった。そんな主に彼女はクスッと笑みを浮かべる。
「……なんだよ」
「いえ、無事仲直りされたみたいと思いまして」
「えっ、そんなに違う……か?」
「ええ。雰囲気が昨日と雲泥の差です」
納得出来ずに考え込むディルク。そんな彼の反応に、サヤはズバリと指摘した。
「険悪すぎても、いざとなった時、ライサさんがマスターに素直に助けを求めなくても困りますから」
「それは……まぁ……」
「彼女の性格からしても、きっと本当に助けを求められるのはマスターだけですよ。自覚持ってください」
「……なんか、悪かったな、サヤ。気をつける」
そして、お前も言うようになったなと苦笑する。彼はもう先日の告白など気にもとめていないようだった。
恋愛などするつもりもないと言ったのだから、わだかまりも残さないーーこの反応は当然なのだろう。
むしろ振られてしまったサヤこそ、今まで遠回しにしか言えなかったことでも、遠慮なく指摘できるようになったかもしれない。
(振られた方が、マスターに近づけた気分になるなんて、おかしな話ね)
しかし疑問が残る告白だったとサヤは思う。
実力、血統主義のこの国で、額に輪を持つ上級魔法使いなど引く手数多である。
そんな国で、王子のように意中の相手がいるわけでもなく、恋愛も結婚も拒絶する異常さ。
そして彼は、それでも想う人が出来たなら、何を思い、どう行動するのだろうと。
ディルクに断られたとはいえ、サヤは彼を諦めきれていなかった。
そもそもこの程度で折れるようなら、最初から想いを寄せたりなどしていない。
◇◆◇◆◇
「ライサーこの前の物理の続き教えてくれへん?」
ライサと同じ傘の中に入っていたリーニャがこっそり聞いてきた。
この雨だし、増水した河もすぐそこなので、少々の会話などディルクには聞こえないだろう。
ライサはそっと物理の続きをリンに教え始めた。
リーニャは面白いくらいに物理学を吸収していく。ライサも教え甲斐があるので思わず熱が入る。
リーニャがブツブツと公式を唱えているとき、ライサはふと、後方のディルクとサヤの方を振り向いた。
二人はもう一本の傘に入り、何かいろいろ話をしている。真剣な話をしているのかもしれないが、とても楽しそうだった。
そして何よりサヤの表情だ。顔を赤らめ恥ずかしそうに、でも精一杯の笑顔を向けている。
(やっぱりサヤさんはディルクが……ということは……)
その先を考えたくなくて、ライサは突然ズンズンと速く歩き出した。リーニャが慌てて、遅れないようついてくる。
その様子にディルクとサヤも気づいたが、この先は一本道なので、特に迷うこともないだろうと、追いかけることはなかった。
「ライサ、濡れてまうで。どしたん?」
突然速度があがったのに戸惑い、リーニャは問い掛ける。
ライサは必要以上に力強く振り向き、噛み付くように言った。
「いいのよ! 二人の邪魔しちゃ、わるいでしょ!」
「……なんの邪魔やねん?」
リーニャは、何故ライサがそんなに不機嫌なのかわからなかった。とりあえず、自分のことを怒ってるのではないようなので、それ以上聞くことはなかったが。
雨はどんどん激しくなってきた。それにつれて、風も強くなっていく。周りの木々はその風により、細いものは強くしなっていた。
傍を流れている河も、先程よりずっと増水してきている。落ちたらひとたまりもないだろう。
ライサもリーニャも大分雨に濡れてきた。
持ってきたのは小さ目の折り畳み傘である。土砂降りの雨を防ぎようもなかった。
「雨、激しくなってきたなぁ。ちょい待ち!」
リーニャは突然そう言って、なにやら魔法の呪文を唱え始める。
「亜結界!」
そう唱えたかと思うと、周りに見えない境界が現れた。二人をすっぽり覆い囲み、雨粒全てを防いでいる、が、風は吹いている。
どうやら水の粒子より大きいものを防ぐ結界らしいが、二人に合わせて移動も可能なようである。
「なんだ、こんな便利な魔法あるなら、傘いらないじゃない」
そう言いながらライサは傘を折りたたむ。
だが、リーニャは少し辛そうな表情を見せた。彼女にはこの亜結界の魔法は難しいのだ。
ライサはなんとなくそれを感じとり、無理はしないように言ったが、リーニャは譲らなかった。たまにはいいところを見せたいのだ。
よたよたと歩くリーニャを見て、ライサは少し心配だったが、頑張るリーニャの姿に止めるのをやめた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!
宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。
そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。
慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。
貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。
しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。
〰️ 〰️ 〰️
中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。
完結しました。いつもありがとうございます!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる