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冒険編
第八章 地下都市ララ-3
しおりを挟む「え? 戻ってないのか?」
「マスター、ご一緒だったんじゃありませんの?」
また絡んでしまったと少々自己嫌悪に陥りつつ、軽く街を一回りして、サヤとリーニャのところに戻ったディルクは、ライサが帰って来ていないことに愕然とした。双方とも相手が一緒にいるだろうという思い込みから、すれ違いが起きたことに全く気付いていなかった。
リーニャがじっとディルクのほうを見ている。ディルクは無言の圧力を受け、居心地が悪そうにサヤの方を向いた。
「ライサさん、きっとこちらからの呼びかけは聞こえないのですよね」
魔法使いは魔力や距離に応じて、離れた人に魔法で呼びかけたり、呼びかけに応じたりすることができる。通信魔法の応答もこれによるものだ。
以前ライサがさらわれた時も、ディルクは自分の名の呼び声を頼りに、その場に行くことができた。
だが、全く魔法の使えないライサには、呼びかけが聞こえる筈もないし、相当強く呼んでくれないと、こちらも聞くことができない。
「ったく、捜しゃいーんだろ、捜せば!」
面倒くさげにディルクが立ち上がる。二人がいる宿だけ確認して、彼は再び街中へ紛れ込んでいった。
余裕な態度を見せていたが、彼女が見えないことに、ディルクは段々と焦りを感じてきていた。
何かある前に呼んでくれればいいのだがーーライサと喧嘩したことを後悔し始めていた。
一方ライサは、サヤ達と別れた辺りに戻ってきていた。
途中、珍しいものがあっては眺め、美味しそうな食べ物があれば買って食べたりしながらではあったが、自分が来た道を思い出して、記憶を頼りにたどり着いたのだ。
街の人たちはとても親切で、目新しいものもたくさんあったので、結構楽しみながら歩くことができた。
しかし、元の場所にサヤたちはいない。そろそろ夕暮れなので、ライサは少し本気で皆を捜し始めた。
「サヤさーん! リーニャ!」
敢えてディルクの名前を呼ばないようにしつつ、ライサは歩きながら呼びかける。
「いないのかなぁ。サヤさ――――ん!!」
その後、何度か呼び続け、ライサが諦めて通りを一本抜けようと思ったとき、
「ライサさん!」
サヤの声が後ろから聞こえた。少し小走りに寄って来る。ライサは安堵の顔を見せた。
「あーよかったわ! ……あら、マスターは一緒ではないの?」
「ディルク? 見なかったわよ。途中で見失っちゃったんだもの」
ライサはサヤの質問にそっけなく答えた。大分気分転換したとはいえ、彼と喧嘩していることには変わりない。
それより思い出すと、またイライラしてきてしまった。
「今夜はどこの宿に泊まるの? 一日中歩いて疲れちゃった」
なるべくディルクのことを考えないようにしながら、サヤに笑って聞いてみる。
「あ、ええと、そこの……角のところよ」
少し離れている宿だった。雑踏もある。ライサは驚いた。
「よく、私の声聞こえたわねー」
もちろん直に聞こえたわけではなかった。
ほんの微かにだが、距離が最短になった一瞬だけ、サヤに呼びかけが届いたのだという。それで、慌てて追ってきたのだと。
だから人を捜したい時には、その人の名前をとにかく強く呼ぶようにと説明を受ける。
それを聞いたライサは、一瞬冷めた表情を浮かべたように見えたが、すぐに笑顔を向けて言った。
「そっか、サヤさんのこと呼んだから気付いてくれたのね、ありがとう!」
また呼んだらよろしくね、と続ける。
「えーと、ちなみにマスターのことは一度も……?」
聞きにくそうにサヤが問うと、当然と言わんばかりの返答があった。
サヤはため息をつく。ライサを捜す為に意識を向けていたディルクなら、もっと早く見つけることが出来ただろうにと。
サヤの連絡を受け、ディルクは程なくして帰ってきた。
彼はライサの顔を見ると、何も言わないまま、自分の部屋へ去って行った。
◇◆◇◆◇
(何やってるんだ俺は)
その夜ディルクが、部屋で一人反省のため唸っていると、ノックの音が聞こえた。
「……ライサ……って何だよ、何か用か?」
出たはよいが、今機嫌が悪い原因の彼女がそこにいたので、反省も忘れぶっきらぼうに言葉を投げかける。
対してライサも上目遣いにディルクを睨んだが、扉を後ろ手に閉めそのまま戸口に立ち、口を開いた。
「その、一応お礼言いに来たの。ディルクが私を捜しに出たって聞いたから」
「……サヤの差し金か」
大きな溜息を吐きつつ言われ、ライサも素直になる気がなくなってくる。
確かにそうだけど、でもーーと、大げさにお辞儀をしつつ、ライサは勢いだけでお礼を言った。
「目障りな私のためにご迷惑おかけしました捜してくれてありがとうございました!」
そのままくるりと後ろを振り向き、扉に手をかける。
すると、ディルクが即座にそれを遮り、彼女を引き止めた。
「悪い!」
ライサははっと顔を上げる。ディルクは本当に申し訳なさそうに俯いていた。
「その……むしゃくしゃしてた……お前が俺を呼んでくれなかったこと。……でも、まぁ当然だったな。ここんとこ、厳しく言い過ぎてた」
ライサの心がざわつき出す。呼んで欲しかったのかーーと。
ディルクは自嘲の笑みを浮かべた。
「ごめん。勘違いさせたかもしれないけど、目障りなんかじゃねぇよ。今日は……お前の姿が見えなくて、一日不安だった……」
「不安? まぁ、そうよね。監視対象がいなくなったらまずいもんね。責任問題だし……悪かったわよ」
「じゃなくて! ああもう、ええっとーー」
壁を背後に立ちすくむ彼女の横に手をつき、ディルクは悶々と葛藤する。
「また、襲われたり攫われたりしてないか、心配だったから!」
「え……」
任務など関係ない、純粋な自分を心配する言葉に、ライサの心臓がドクッと鳴った。
イライラしていた感情が、急速に落ち着きを取り戻す。
「そ、そうなんだ……ごめん、なさい」
思えばライサも今日一日強がっていたのは、不安からだった。
一人になって不安になることなど初めてだったかもしれない。
本当は心のどこかでまた、軍に捕らわれた時のように、ディルクが見つけてくれるんじゃないかと期待もしていた。
しかしあの時だって呼んだからこそ来られた必然だったわけで、呼びもしないで来る偶然などないのだと知り、理不尽な落胆まで感じたりした。
でも、不安は自分だけじゃなかったのか、そう思うと肩の力が抜けてくる。少し心が温かくなってきた。
「私も……不安だった。不安で強がって……来てくれるかなって都合いいこと考えた……」
ライサが素直にそれを伝えると、ディルクの強ばった表情がふと穏やかになる。
無事に誤解が解けたようだとホッとした顔を見せた。
「そっか……じゃあこれからはーー」
無意識に二人の目が合う。こんなお互いの穏やかな表情は何日ぶりだろうか。
「呼んでくれよ、俺のこと」
そうしたらまた、お前の元に行くからーーーーと。
「……うん」
ライサが素直に応えると、それだけで空気が透き通った感じがした。
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