隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第八章 地下都市ララ-2

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 ディルクが言葉を返したのは、空の月が雲に隠れ、再びその姿を現してからだった。

「えっと……」

 全く予想すらしていなかった告白に、彼の思考は完全に停止したようだ。
 サヤはなんとなく答えがわかってしまったが、その反応が見られたのに満足しようと思った。

「ごめん、俺そういうの考えたことなくて……えーと……」

 先程の態度から一転、ディルクはしどろもどろに精一杯言葉を選ぶ。額の輪に手をかけつつ顔を赤らめ、困ったように続けた。

「気持ちは……嬉しい。けどその、俺は……恋人とか嫁とか……つくるつもりなくて、今までもこれからも……だから……悪いな」

 静かな声で呟くようにそれだけ言うと、ディルクは月を見上げる。
 隣で落胆しているのがわかったが、彼は他にかける言葉も思いつかなかった。

「……そういえばマスターは、隣国がお好きでしたね」

 しばらくの沈黙を破り、声をかけてきたのはサヤだった。

「ライサさんを気にされるのは、あの子が隣国人だから……ですか?」
「えっ?」

 サヤの言葉にディルクはギクリと全身を硬直させた。
 それは悪友の冷やかしでもない、信用のおける部下からの真っ向からの指摘。

「俺が……ライサを? そりゃまぁ、敵国の客人だし監視も必要だから気をつけてはいるけど」

 何故サヤからそんな質問が来るのか、考えようとして我知らず心臓が早鐘をうつ。
 そんな自分の反応に気付いてディルクは愕然とした。しかしサヤの手前、思考を無理矢理停止する。

「そんなに……気にしてるか、俺?」

 するとサヤは一言「いいえ」とだけ答え、立ち上がった。変なことを聞いてすまない、もう夜も更けてきたと。

 彼女が戻った後、ディルクは月を見上げ、ここ数日の行動を振り返ってみた。確かに最近ライサを見る度に絡んでいたような気もするが。

(度が……過ぎてたか……?)

 心当たりがなくもない自分に思わず唸る。

「……何やってんだ、俺は」

 これじゃただの気を引きたい子供じゃないか、明日からもう少し気をつけようーーそう自分に言い聞かせ、またそれ以上考えることなく、ディルクも部屋に戻っていった。


  ◇◆◇◆◇


 南方の街ララのある場所は年中暖かく、作物には恵まれている。広大な丘陵地帯であり、地形的にほどよい斜面と凹凸が遙か先まで続いていた。
 そうした斜面は作物を作るのにはよいが、建物を建てたり、人が歩いたりするには不便である。
 よって人々はその丘の内部を利用して生活していた。
 西部の山から流れる小さな川は地上の丘陵と、地下にもその流れをつくり、東側を流れる大きな河へと注ぎ込む。そんな丘陵の、地下に広がる街だった。

 四人は途中乗合馬車に乗ったりしながら、ネスレイの屋敷を出て四日ほどで、ララの街の入り口にたどり着いた。通行証を見せ、魔法によって浮かぶエレベーターで街の中に入っていく。

「わ、すごぉ――い!!」

 科学世界にも地下街はあったが、全く規模が異なっていた。
 天井も高いし、何より太陽光が差しているように見える。地下というよりは、ちょっとした峡谷の谷底を思わせた。
 規模も今までの都市並に大きい。地表をくぐらなければ、とても地下だとはわからないだろう程に立派な街だった。

「あら、太陽光、本物なのよ? 魔法で日が本当に差すようになっているの。少し風もあるでしょう? 丘に吹く風なのよ」
「えぇ! すごいわ魔法! どうなってるんだろ、いーなぁ」

 もちろん魔法なら何でもできるという訳ではないのだが、ライサは心から羨ましいと思った。
 まだまだゲームやお伽話のイメージが抜けない魔法であるが、そんなものが本当に使えるなら、あんなことをしてみたい、などという夢を見たことくらいある。未知な分野にこそ、憧れる。

「何夢みたいなこと言ってんだよ。魔法だって理論も規則もいろいろあるに決まってんだろ」

 サヤとライサの会話を傍で聞いていたディルクが、さりげなく水を差すようなことを言ってくれた。

「魔法で日が差すって言ったらスゴイよーに聞こえるかもしれないけどな、要は透過光だろ、透過光。科学にだってあるだろーが」

 それを魔法使ってそれっぽく見せてるだけだろばっかみてぇーーぶっきらぼうに言いながら、ディルクはスタスタと先を歩いて行った。
 ライサはなんだかとてつもなく夢を崩されたような気がして、思わず拳を握り締める。

「うるさいわね、馬鹿で悪かったわよ! ディルクに私の気持ちなんてわかんないんだから! って、ちょっと待ちなさいよっ!」

 一発殴らないと気がすまないという勢いで、ライサはディルクを追っていく。遠ざかる彼女の奇声を聞きながら、残されたサヤとリーニャは呆気にとられていた。
 ディルクの心がけをよそに、彼のライサへの絡みは相変わらず続いている。
 更に最近サヤが気まずくて、ディルクの傍にあまり行かなくなったので、その分二人の喧嘩が多くなったようにも思える。
 サヤはため息をつき、気を取り直したように、懐から財布をとりだした。

「リーニャ、アイス食べようか?」
「ほんま? らっきー!」

 パッと少女の顔が明るくなる。喜んで手近なお店に入り、中からサヤを呼んだ。

「サヤねーちゃん、早くー!」

 サヤはちらりと、二人が去っていった方に目をやった。姿はもう見えない。
 だが心の中で思わずにいられなかった。

(ライサさんは、一時だけの存在なのよ、マスター……!)


  ◇◆◇◆◇


「う、ウソぉ……」

 ライサは街中で一人途方に暮れていた。ディルクの姿を見失ってしまったのだ。
 お店がたくさん建ち並び、人々が絶えず行き交っている。そんな雑踏の中、この辺にいるのかどうかもわからない。地図も大雑把なものしかないので現在位置もつかめず、元の場所に戻ることもできない。

「まいったなぁ……宿くらい決めておけばよかったわ」

 どうやってみんなと合流したらいいか考える。
 そういえば魔法使いは、外で連絡をとる時どのようにしているのだろうーーライサは既に使えなくなった電話を眺めて思った。
 そしてダガーの基地で、ディルクが助けに来てくれたことを思い出す。
 もしかして、いざという時にはまた、自分を見つけてくれるのではないだろうかと。

「でも、今ディルクに見つけられるのはなんか癪だわ」

 リーニャにはサヤがいるし、しばらくこの街をうろついてみてもいいかもしれない。最近一人でゆっくり考えごとをすることもなかったし、ちょうどよいと考える。
 割り切ったライサは、改めてララの街に繰り出して行った。
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