20 / 98
冒険編
第七章 北聖の言葉-2
しおりを挟む最初にディルクが話し始める。
「今回の科学の事件に関しては、まずネスレイが予知したことなんだが……」
「そう、我が主人ネスレイ様が不穏な気配に気づき、いち早くラクニアの西聖ガルデルマ様にこのことをお伝えになったのですよ。科学の者達が騒ぎを起こし始めたのは、その予知の少し後、実はここ最近になってからなんです。それまではそれはそれは皆、平和に暮らしておりました。日が昇ると同時に人々は活動を始め、夜になればその日一日の成果を互いに労いあい、飲んで騒ぎ、笑いあう……」
と、ドパ。ディルクは顔をしかめながらも話を続ける。
「でもその事件の原因が全く解明されないものだから、俺も王都から派遣されて……」
「調査が難航していたところに、ライサさん、あなたがいらっしゃったのです。科学が原因と判明したばかりでなく、爆撃まで減ったではありませんか! そこでもう一度ネスレイ様が、あなたのことを加味して予見してみたところ、吉、とでたんですね! ただしその吉は、あなた単独ではなく、共に協力しあってこその吉! 早速そのことを折り返し、ガルデルマ様にお伝えになり、あなたの守護はむしろ強化される予定でした。四聖たるもの、常に怠ることなく互いに情報交換を行っているのです。ふふ……驚かれました?」
と、またまたドパ。ディルクの眉間には皺がよっている。
「要するに、この件の対応は強制的に、俺と、お前頼みということに……」
「ええーあなたの身の安全を確保した上で、更に協力こそが重要でしたのに、事情の説明もしないまま部下任せにした挙句あなたを見失い、大変な目にあわせてしまったというわけです。ああ、なんということでしょう! 折角ネスレイ様が助言してくださったのにですよ! それを全く活かさず、危険を防ぐことができなかった。要するに、この御方の完全なるミス……」
そこまでドパが言ったとき、ディルクはドパの襟元をつかみあげた。
「うるせぇ! だからお前は黙ってろって……」
パンッといい音が鳴り響く。
最後まで言いきる前に、ディルクは頬に平手打ちをくらっていた。
「だから、コトバ、控えなさいって言ってるでしょ!!」
ライサの平手打ちは思いのほか痛かった。ディルクは自分に何が起きたのか把握できず、一瞬呆然とする。
その様子を見て笑い出したのは、執事のドパ、それに北聖ネスレイだった。
二人とも彼の顔を見て大爆笑している。ドパがディルクをポンポンと叩きながら言った。
「あっははははは! そうそう、言葉は気をつけなければいけませんね! それにしても、ひっ……ひっぱたかれるなんて! 先代以来じゃないんですか? しかも顔真っ赤! 腫れてますよ! でもよかったじゃないですか、ミスの罰がこの程度で済んで……ふふふっ! あーそのライサさん、一応この御方とネスレイ様は、ご友人であらせられましてね……うくくく」
「ゆ、友人!? ど、どうしてまた!」
「うるせーなドパ。一応ってなんだよ一応って……ライサも驚きすぎだ、ったく」
ディルクはふてくされながら、ドパの爆笑を聞いていた。
◇◆◇◆◇
ライサが退室した後、ドパも部屋を出て行き、ディルクとネスレイが残った。
と、彼らを呼ぶ声が聞こえる。
『ネスレイ、ディルク』
二人が同じ方向に顔を上げそれぞれ応じると、そこに魔力が発生する。続けてよく知る顔が浮かび上がった。
西聖ガルデルマからの通信魔法である。
『や、ネスレイ。ディルクの彼女はどうだった?』
「ガル……お前いつまでそのネタ引っ張る気だよ」
「問題ない」
「いや、そこは突っ込み入れろよ、ネスレイも!」
じと目で抗議するが、二人ともそれには触れず、話を進めた。
『じゃあまず報告。例の軍事施設は調査を入れたけど、昨日の時点で何も残ってなかった。で、今朝出た国王指令がこれ』
半透明のガルが何処からか黄色い紙を出す。
それには各将軍宛に、科学世界からの侵入者における注意喚起が記されていた。
「受理済み」
「でたのか、イエロー。レッドになる前に動向が掴めればいいんだが」
国王が発令するイエロー及びレッドペーパー。
イエローは基本的に将軍や兵士のみを対象にした、注意喚起及び報告強化命令である。
レッドが発令されれば、全国民にまで及ぶ厳戒態勢がとられる。
『彼女を連れてる以上、一番軍と接触する可能性が高いのはディルクだからね』
「理由は何か」
二人の視線がディルクに向く。
ライサは隣国人とはいえ、軍とは無関係だ。なのに軍の標的となり、しかも対抗すら出来ている。
その理由が二人にはわからない。
ディルクは頭をかきながら呟いた。
「んー実はあいつ科学者。しかも科学知識は相当。宮廷博士の一人かもしれん」
二人の空気がピリッと緊張するのがわかった。
宮廷博士とは魔法使いが最も恐れる称号だ。未知の分野を知り尽くした科学者の最高峰。
科学世界の中では彼女こそが最強なのだ。
敵対心でなくとも、明らかに二人に警戒心が生まれたのがわかる。
この国の最高峰の魔法使いといえど、二人とも隣国に関してはほぼ知識がない。わからないということは、それだけで恐怖に結びつく。
それが敵国の最高峰の存在なら尚更だ。
それ故にディルクはあまり言いたくなかったのだが、やむを得まいとため息をついた。
「まぁだからこそお姫さんは、ライサを遣わしたんだろうけどな。この、敵国の魔法世界にさ」
「王女の使者か」
『今更なんだけどさ、手に負える? 俺たちだけで。君のことは信頼してるけど』
軍の報告はしたが、彼女のことは王子には話を通したものの、国王には伝えていない。
その瞬間彼女は捕らわれ、尋問されることが目に見えているし、当の王子にも報告時に嘆願されてしまった。
国王は容赦がない。直訴するならまず王子に、などという暗黙のルールが、民の間に蔓延するほどである。
だが、事情を知る者としては、慎重にならざるをえなかった。判断ミスで魔法世界を滅ぼすようなことは、間違ってもあってはならない。
しかし話が大きくなりすぎている気がする。そして、書状の内容も不明瞭だ。
「十中八九、今回の軍の侵略に関して書いてあるんだろうなーと思うけど。流石に王子宛のもんを見るわけにもいかない」
さっくりネスレイに王都に転移させてもらう考えもなくはないが。
「現状が吉」
「俺もそう思う。死の軍への対抗策がまだ万全でないのに、放って行くわけにいかない。それにある程度囮になれる筈」
『任せていいのかい? その囮役』
「てか、俺しかいないだろ」
まだマナの所にも顔出してないしとの呟きに、それぞれがこの場にいない、もう一人の友人の姿を思い浮かべた。
話が終わり、ガルの通信魔法が消える。
ディルクは大きく伸びをしながら扉へと向かった。そして扉に手をかけ、ふと動きを止める。
「そういえばネスレイ、ひとつ気になったんだが……」
「?」
ネスレイが顔を向ける。
「ライサが廃墟で賊に襲われた件、お前本当に予知してなかったのか?」
本来ならば賊退治はラクニア配属の兵士の仕事だが、あの時は街の調査に兵はほぼ駆り出されていた。だからたまたま到着したばかりのディルクが、ガルに頼まれて追った。
「他の道なく」
あの日あの時ディルクがあの場に行くことでのみ、最大の危機が回避された。他の者ではよい結果はひとつも見えなかったという。
しかし、引き換えにその先に見えたのは、この友の苦しみの未来。
それを知り、あえて賊退治にディルクを向かわせるよう、ガルに伝えたのはネスレイだったのだ。
「やっぱり知ってたか、ライサの来訪。偶然会ったにしては出来すぎだと思ったんだ」
「すまない」
「いや、お前は正しい。だってそれで、ラクニアの危機が回避出来たんだろ」
それにもう十分悩みの人生送ってる、とディルクは苦笑し、特に気にした様子もなく退室して行った。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最後に言い残した事は
白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
どうして、こんな事になったんだろう……
断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。
本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。
「最後に、言い残した事はあるか?」
かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。
※ファンタジーです。ややグロ表現注意。
※「小説家になろう」にも掲載。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました
猿喰 森繁
ファンタジー
【書籍化決定しました!】
11月中旬刊行予定です。
これも多くの方が、お気に入り登録してくださったおかげです
ありがとうございます。
【あらすじ】
精霊の加護なくして魔法は使えない。
私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。
加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。
王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。
まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない
兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる