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冒険編
第七章 北聖の言葉-1
しおりを挟む朝早くに目が覚めたサヤは、いつもより少しだけ念入りに身支度を整えると、その人が来るのを心待ちにしていた。
やがて遠くに聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ええっ、十七!? 嘘、私より年上だなんて! 全然見えない」
「そっちこそまだ十五とか子供の歳じゃねぇか。俺はあと二ヶ月もすれば十八だからな! 酒だって飲めるぞ、ざまぁみろっ」
期待に胸を膨らませて待っていた割に、なんだか低レベルな争いを目の当たりにしてしまったサヤ(十八)は、突っ込みを入れずにいられなかった。
「でもマスターはまだ十七ではないですか。お酒飲まれたのですか、だめじゃないですか!」
「うわっ、フィデス……はは、おはようー待たせたなー」
「サヤ……さんっ!!」
街外れ、北聖の屋敷の手前にある宿屋で、サヤと、そしてリーニャが待っていた。
ライサは反射的にディルクの後ろに隠れる。
気まずいあの別れを忘れるはずもない。
「久しぶりねライサさん。変わりないみたいでよかったわ」
しかしどういうわけか、あの時と異なり、二人ともにこにこ笑っていた。
「大丈夫、ライサさん」
サヤが、気付いたように声をかける。
「私も、そしてリーニャも、あなたのことマスターから聞きました」
「マスター?」
ライサは事情が飲み込めず、ディルクの方を見る。すると、彼はバツが悪そうに説明を始めた。
「えーと、つまり彼女サヤ・フィデスは、俺の部下でな」
ディルクがライサと別れたその日から、彼女にライサの護衛を頼んでいたのだという。
リーニャは全くのイレギュラーではあったが。
「だから、昨日言ったプラス一人が、リーニャ、かな」
「なんやねん、プラス一人って! ひっどいわ!」
それに続けて、ライサは心の底からの疑惑発言を続ける。
「そうよ! それにどう見ても、ディルクがサヤさんの部下でしょ!」
「おい!」
あまりの言われように、ディルクは突っ込まずにいられなかった。
しかし対してライサは、心がすーっと晴れて行くのを感じていた。
基地に助けに来てくれたディルクのタイミングも納得、そして何と言っても、二人の笑顔をまた見ることが出来たのが大きい。
ライサはずっと、心の何処かで二人のことが引っかかっていた。またこんな形で会えるとは思ってもみなかったのだ。
ぶすっと膨れるディルクに、ライサは笑みを向け、心の中でそっと礼を告げる。
本当に最初からディルクに護られていたのだと、胸が熱くなる。
ベコの街を出た四人は、共に北聖のいる屋敷を訪れた。
街からそれ程離れていなかったので、殆ど苦労もなく辿り着く。
北聖の屋敷は西聖の屋敷に負けず劣らず、風情のある屋敷だった。
ディルクが呼び鈴を鳴らすと、身なりのそこそこよい中年の男性が顔を出した。
額にはガーネットの小さな飾りのついたサークレットをしている、上級魔法使いだ。この屋敷の執事といったところか。
顔を合わせるや否や、二人は戸口で口論を始めた。お前の仕事がどうのといった話が少し聞こえてくるので、昨日の食料庫の仕事のことかもしれない。
だがそれもものの数分で、執事がこちらに声をかけてきた。
「ほらほら、麗しい女性を三人もお待たせして、貴方という御方はもう……紳士の名折れではないですか。ささ、お嬢様方、どうぞお入りくださいませ! 我が主人、北聖ネスレイ・バウワー様の屋敷にようこそおいでくださいました。今お茶をお持ちいたしますゆえ、こちらでごゆっくりお寛ぎくださいね」
言いながら、四人を客間へと案内する。
出されたお茶を飲みつつ、僅かに緊張しながら待っていると、先程の執事がディルクとライサを呼びに来た。
ライサは廊下を歩きながら、何となく深呼吸を繰り返す。
ディルクが「まぁそんな固くなんな」と苦笑した。
扉をノックして部屋に入ると、奥に一人の青年が佇んでいた。
他に人影はない。
ライサはさっと一歩進み出ると、その奥にいる人物に敬礼をし、挨拶を始めた。
「はじめまして、北聖様。ライサ・ユースティンと申します」
青年が静かに前に進み出てきた。
西聖ガルデルマと同じく、二十歳を僅かに越えたくらいだろうか。
髪は落ち着いた白銀、額には中程度の黒真珠がいくつかついたサークレットをしている。目は薄青色で鋭く、左眼は前髪で隠れていた。後ろ髪は長い一つのおさげにして、肩から手前側に下ろしている。
服装は黒を基調とし、上質そうな素材であるものの、西聖よりは軽快なものをまとっていた。
「ネスレイである」
青年はそれだけ答えた。ライサは一礼して続ける。
「このたびは、当国の者達が大変ご迷惑をおかけいたしました。かの者達の非礼極まる活動におきましては、当方が責任を持って対処させていただきます。今後このようなことが起こらぬよう、十分注意していく所存にございます。寛大なお心に感謝いたします」
すらすらと礼を尽くした言葉を述べるが、それに対してもネスレイは「うむ」と一言答えただけであった。
ライサは少し不安になってくる。
次に何を言おうか迷っていると、ここまで案内をしてくれた執事が、彼女の前に進み出てきた。
「改めまして、ライサさん。わたくし、執事のドパと申します。執事歴は三十年にもなりますか。趣味は盆栽。渋い趣味と笑わないでくださいね。亡くなった曽祖父に初めて教わった、思い出深いものなんですよ。お時間がありましたら、一度わたくしの部屋にもいらしてくださいな。いろいろな種類が揃っておりますので、きっと驚かれると思いますよ!」
彼はぺらぺらと流暢に話を続ける。
「我が主人ネスレイ・バウワー様は、これまた寡黙な方で、来客は殆ど私が一人で応対しております。来訪者は少ないのですが、四聖の中では予言や占いに特に秀でておりまして、とても頼りになるんですよ。この間、ベコの街で起きた事件の真相なども、ピタリと当てましてね。おかげでネスレイ様のテリトリー内では犯罪は殆ど起こりません」
ライサは「はぁ……」としか応えられない。
すると、端にいたディルクが見兼ねたように口を挟んできた。
「あードパ、俺が説明するから少し黙ってろ。お前話し出すと止まらんから」
ライサはそんな彼の態度に眉をひそめる。彼女は礼にはうるさいのだ。
「ディルク……失礼よ、北聖様の前で。西聖様の前でもそうだったけど。私、怒るわよ?」
静かにライサは窘める。
だが当の北聖ネスレイに「よい」と言われてしまい、ライサは諦め半分、二人に話を促した。
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