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冒険編
第六章 ベコの食料庫-3
しおりを挟む「付き合わせて悪かったな」
それから七、八件まわったが、特に問題もなくディルクの仕事は終了した。
その日は宿で一泊し、翌日は北聖の屋敷に行く予定を確認する。
宿は一階が食堂になっていた。二人はテーブル席にかけ、一息つく。
「ま、この通り懐も潤ったからさ」
好きな物食っていいぞと気前がよい。いや、ライサは何もしていないのだが。
とりあえず彼の薦めるこの地方の料理を注文した。
少し沈黙が流れる。このまま無言でいても景気が悪いので、ライサは軽く呟いた。
「北聖様か……どんなこと聞かれたりするのかしら」
「別に固くなることはないと思うけどな」
そうよねーと言いながら、しかし彼の表情が少し厳しいのに気がつく。
そういえば昼間も何か話があると言っていた。
ライサがそのまま黙って待っていると、ディルクは一つ息をつき、おもむろに口を開いた。
「えっと、あのなライサ、お前が持つ書状のことなんだけど……」
「わ、渡さないわよ! た、例え北聖様でもっ!!」
姫様がこの私に託してくださった書状、命をかけてでも人に渡したりなどしないーー!
ライサがいきなり凄い剣幕で立ち上がったので、ディルクは慌ててどうどうと落ち着かせた。
周りの視線も痛い。
「いやいや、奪おうって言うんじゃなくてーーそうだなぁ、ひとつ、昔話をしようか」
ライサは訝しみながらも再び椅子に腰を下ろす。それを確認してディルクは大仰に話し始めた。
「昔々あるところに、とある領主の一人息子がおりましたー」
「なにそれ、童話?」
「まぁ聞けって。ある日狩に出かけた少年は、道に迷い、なんと隣の領に迷い込んでしまうのです……」
迷い込んだ先で少年が途方に暮れていると、一人の少女に出会いました。
彼女は少年が誰で、どうしてここにいるかを知ると、すぐさま帰る道を教え、早く立ち去るように指示します。
少女は隣の領主の娘でした。
隣とはいえ、両者の領民や領主同士の関係はすこぶる悪く、幾度となく小競り合いを続けてきた犬猿の仲。
今は休戦中とはいえ、敵の領主の息子である少年は、見つかれば袋叩きに合うと彼女はわかっていたのです。
しかし。
「そんな自分にも優しくしてくれた敵領の娘のことを、少年は忘れられませんでした」
「……そこは忘れておこうよ」
ライサの呟きにディルクは苦笑しながら、話を続ける。
「少年は道を覚え、何度も折を見て隣の領へ出かけます。そして娘の方もいつも同じ場所にいてくれました。二人が恋に落ちるのにそう時間はかかりませんでした」
「うわぁ……困難な道しか想像できない。だって別れるの、見えているのに……」
「そう。この話は予想通り、二人は別れて会えなくなる。でもな……」
ディルクはテーブルを凝視しながら、一呼吸置いて続けた。
「人知れず、文通を続けるんだ」
はっ、とライサは思わず自分の鞄に目を向けた。王女から託された書状に。
何の関係もない昔話である。王女と、領主の娘などを重ねるのは、あまりに無礼だ。
しかし疑問に思うことがないでもなかったこの書状。何故兵士ではなく彼女に託したのか、そして何故国王ではなく王子宛なのか。
「そ……それで、最後はどうなるの?」
掠れた声で、おそるおそる続きを聞く。すると、ディルクはふっと困ったように微笑を浮かべた。
「そうだなぁ……最終的にその領主に交際が発覚し、戦争……そして全ては滅びた、とか?」
「なにその、とってつけたような適当な最後……」
「じゃあ……領民も領主も何百年目かの和解を果たし、二人は幸せになりましたとさ……?」
「ありえない……まだそして誰もいなくなった、の方が説得力ある」
口から出まかせだったのかとライサは胸を撫でおろす。
それにしても心臓がドクドクいっている。関係などない筈なのに。
程なくして料理が運ばれて来た。出来たてでとても美味しそうだ。
しかしライサがそのまま動かないので、ディルクもフォークを持たずに静かに彼女を待つ。
やがてライサは顔を上げフォークを掴むと、投げやりに言った。
「私、そうまでして焦がれる気持ちっていうの? わからない。家族って訳でもないのに! 誰にも喜ばれない、祝福もされない、そんな人選んでどうするのよ! 恋愛とか、ただの脳内物質の化学反応でしょう? 領主なら、他の誰とだって一緒になれるのに!!」
一気にそう言うと、いただきますという声と共に、やや乱暴にパクパクと目の前の料理を食べ始めた。
美味しいーと声がする。
ディルクも、だよなーとため息をつきながらフォークをとり、久々の北方料理を味わい始めたのだった。
◇◆◇◆◇
部屋に戻ってシャワーをあび、ゆったりとした服に着替えると、ライサは窓を開け、そのまま頬杖をついた。
星は綺麗で、夜風はひやっと冷たく、頭を冷やすにはちょうど良い。
先程のディルクの話がずっと引っかかっていた。
「お前さ、二、三年前は何やってたんだ?」
飲み物を片手に、隣の窓からディルクの声がかかる。
宮廷博士号をとる前、周囲に認められるために、がむしゃらに努力していたあの時。
「ん、研究に没頭してたよ。三年くらい」
つまり三年程、ライサは王女から離れていた。その間のことは殆どわからない。
「そっか。成る程な」
言いながらふらふらと持っていたグラスを傾ける。中身はお酒だろうか。
「ディルクは何を知っているの?」
んーという眠そうな声とともに彼の声が途切れた。この状態ではもう話にもならないだろうか。
「あいつが……何も食べず、ひたすら弱りきっていったのとか……しってる」
「あいつ?」
「なんで他のやつじゃ、だめなんだろうなぁ……」
呟くと、ディルクは目を擦りながら、おやすみーとだけ言って窓を閉める。
ライサはよくわからないまま、とりあえず酔っ払いの言うことだと流すことにした。
「お酒は二十歳からって言わなくちゃね」
そういえば彼はいくつなんだろう、それも明日聞いてみようと思いながら窓を閉め、彼女もまた眠りにおちていった。
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