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冒険編
第六章 ベコの食料庫-2
しおりを挟むディルクが警備兵に、先程宿で受け取った書状を見せる。
「これは、北聖様からの委任状……どうぞ、お通りください」
警備兵はあっさりと二人を通した。
建物に近づくと、周りを一周したライサが戻ってきて、不思議そうに聞いた。
「ねー入り口ないみたいよ?」
ディルクはそれには答えず、代わりに建物の壁に右手をかざした。
すると突然壁の一部の形が変わり、みるみるうちに入り口が姿を現す。
「ちょっとした結界が張ってあるんだよ。からくり知ってる人でないと、入れもしないってわけ」
言いながらディルクはすたすたと建物の中に入っていく。ライサは慌てて後を追った。
中は真っ暗だった。ひとすじの光も見えない。
ライサは必死にディルクを追ったが、こう見えないと前に進むこともできない。
「きゃ!」
思わず前につんのめってしまった。しかし転ぶと思った瞬間、ディルクに支えられる。
「何にもないところで転ぶなよ」
「な、何にもないなんてわかんないわよ! 見えないんだからっ!」
ライサは恥ずかしくて、思わず必要以上に力んでしまう。
対してディルクは、今気付いたかのように魔法を構成した。
「あ、そっか。光ないと見えないんだっけ?」
ポッとディルクの右手に光球が現れた。ようやく彼女にも周りが見えるようになる。
そこには様々な食物が揃っていた。
その全てが宙に浮き、上の上のほうまでぎっしりと並んでいる。
(あー重力の影響ないんだ。いいなぁ)
そんなことをぼーっと考えながら、ライサはひたすら上を眺めつつ、物体の腐敗の仕方についてブツブツ知識を呟き出す。
対して、ディルクはそんなライサに苦笑しながら視線を床に向けた。そのままパチンと左手をならす。
すると一瞬にして何もなかった床に、いっぱいの巨大な幾何学模様が浮き出てきた。
「え! これが、魔法陣!?」
それはもの凄く精密な模様だった。
細かいながら、規則正しく並ぶ文字の配列。絵にして売れそうなくらい見事な陣。
「ああ、時間の流れを止める空間を作り出すんだ」
言いながら、端から丹念にその陣のチェックを始めた。
変化したり、消えかかったりしていないだろうか。
少し変わるだけでも全く効力が違うという。
そしてライサも興味津々にその魔法陣を見つめた。
前々から見てみたかった、きちんとした魔法。国のトップの魔法使いの描いた魔法陣など最高の見本ではないか。
(素敵! この整然とした数式らしき羅列とか。魔法構成する美しい公式なんて萌えるわ。どの辺にどんな意味や法則性があるのかしら)
思わず目を輝かせながら、前のめりになっていく。
すると、突然ディルクの鋭い声が響いた。
「動くな、ライサっ!」
瞬時にライサは足を止める。だが、既に一歩動いた後だった。
慌てて足元を見てみると、魔法陣の一部が消えかかっている。
「あーあーあー先に言っとけばよかった」
「ごめんなさい……」
よくよく見ると、ディルクは踏まないように少々浮いている。
落胆する彼に、ライサは謝ることしかできなかった。
だがディルクはそう怒った様子もなくふっと息をつくと、その箇所に手をかざし、すぐさま精神を集中する。
――――時よ、支配されし流れを捨てよ。陣となり形となりてその絆を埋めよ。
消えた部分に徐々に光が湧き上がる。
「修復!」
ディルクの掛け声とともに、消えかかっていた模様が再び姿を現した。
コンマ一ミリのズレもない完璧な修復に、ライサは感嘆の声をあげる。
「すごい……綺麗……! ディルクの魔法」
「へ? いや、基本魔法だし。って何やってんだライサ」
見れば彼女は今し方修復した魔法陣をじっと凝視して、ブツブツ何やら呟いている。
「この辺が発動、修復命令がこっち、この印が絡み合って……」
「あー違う、この文字式が働いてて、これが数分前を意味する時間。数字を大きくするほど魔力消費が激しい」
「なるほどなるほど。やっぱりこう、きちっとした魔法見るとわかりやすいわ」
「何、魔法研究でもすんの? 面白いな、科学視点とか」
是非教えてくれよと苦笑しながら、ディルクはまた点検に戻っていく。
そんな彼の後姿を見送りながら、ライサはほうっと感心していた。
実際ディルクが、まともに呪文を唱えて魔法を使うところを見たのは初めてだったのだが、明らかに周りの人とは違っていた。
確かに、一部の修復だけだし、魔法自体は大層なものでなく、魔力もそんなに必要ないのかもしれない。
だが、それだけの魔法でもーー完璧だった。
そう、以前見た貴族の上級魔法使いサヤの魔法ですら、ディルクの魔法には及ばないと気付いたのだ。
そして、魔法陣の構成の的確な解説、科学視点が面白いだなどという感想。
もしや魔法というものを、理論的に知り尽くしているのではないだろうか。
(彼は、一体何者なんだろうーー)
なるべく考えないようにしていた疑問が過ぎった。
魔力がないと言いながら、対魔法使い用に訓練された死の軍と対等に渡り合い、西聖とタメ口をきいていると思いきや、飲み屋のおっちゃんの知り合いまでいる自称便利屋。
その行動範囲は科学世界まで及ぶ、一応上級魔法使い。
明らかに普通ではないのではないか。
(でも……)
そんなことは問題ではないとも思う。
彼が何者だろうと敵国の人間だろうと、今こうして自分を助けてくれている。そして、科学にも偏見がないどころか結構好意的だ。
全部騙されているとも思えない、いや、思いたくない。
「ライサ?」
気がつくと、ディルクは点検を終えて戻って来ていた。
呼びかけても何も反応がないのに、少し心配そうな顔をする。
「あ、ごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「先に宿に行ってるか? もう何件かあるけど」
「ううん、大丈夫! 次行きましょう!」
なるべく明るく振舞って、ライサは先をさっさと歩き出した。
「どう、伝えたもんかな、書状のこと」
ディルクはそんな彼女の後ろ姿に呟き、そして慌てて後を追いかけた。
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