隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第五章 意外な真実-3◆

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「死の軍ーー対魔法使い用に訓練された、科学世界の最強の軍ーー」

 ライサは淡々と事実を説明した。反応が恐ろしくて何となく彼の顔を見ることができない。

「そして私が拉致されたのは……私が、兵器開発もできる……科学者だからよーー」
  
 こんなことを聞いたら、いくらディルクでも自分に敵意を持ち、警戒しないだろうか。
 それでも助けてくれて、更にこれからも共に行動しようとしてくれた彼に、ライサはもう嘘などつきたくなかった。
 恐る恐るディルクの顔を見上げる。
 すると彼はポンっと手を叩きながら、あっさりと彼女の言葉を受け入れた。

「あーなるほど。そりゃ納得」

 ライサは呆気にとられる。

「こりゃ益々、お前をあいつらに連れて行かれるわけにはいかないな」
「ちょっと待って、変よ! そ、そりゃ兵器開発の危険を避けるにはそうかもしれないけど!」
「お前にはその意思がないんだろ?」

 西聖の館でもそうだったが、なんなのだこの軽さは。
 科学も、死の軍も怖くないのだろうか。

 しかし、それでも腹の内を吐き出した安堵感からか、ライサはほうっと深い息を吐いた。
 段々悩むのが馬鹿らしくなってくる。

「あの、ディルク……」

 ライサは、悩むだけ無駄無駄さっさと行こうぜーと歩き出す彼を呼び止めた。
 大きく息を吸い込み、こちらに来て初めての、心からの笑顔と感謝の言葉を伝える。

「助けてくれてありがとう」


 出会ってからや死の軍のことも全て。どれだけ彼に助けられてきたことだろう。
 しかし意外なことに、その彼女の心からのお礼こそに、彼は平静を失ったように見えた。
 余裕があった態度がぎこちなくなっていく。

「ああ……いや、うん」

 ディルクが僅かに顔を赤らめ、居心地悪そうにライサに目を向ける。
 すると突然、彼女がふっと糸が切れたように崩れ落ちた。
 慌ててディルクが抱きとめる。

「ええっ! おいライサ! どうし……?」

 よくよく見れば規則正しく寝息をたてている。
 今までの不眠と極度の安心によって、彼女は倒れるように眠り込んだのだった。

「……ったく、びっくりさせやがって」

 呆れ半分、ディルクは自分のマントを彼女にかけ、そのまま抱き上げる。

「死の軍に……兵器も開発できる科学者、か……」

 あちこちで利用されるんだろうなぁと寝顔を見ながら嘆息していると、横から声がかかる。

「ライサさん、無事だったのですね、それに眠れたようでよかった」
「あー軍の陽動ありがとな、フィデス」

 死の軍基地内での対人戦闘は、ほぼダガーのみであった。彼女には他のメンバーの陽動を指示しておいたのだ。
 フィデスの後ろから、遠慮がちに一人の少女が顔を出す。
 ディルクが抱えたままのライサから目を離さず、意識のない彼女に向かって、その少女リーニャは言葉をかけた。

「ライサ、すまんな、でもディルク兄ちゃんが、ちゃんと教えとかんのが悪いんやで!」
「そうですよ、今回は完全にマスターのミスです!」
「えっ、リーニャまでそれ言う!? だって科学世界言ったって信じないだろ普通」

 それはそれ、これはこれ、と二人は声を揃えて主張した。

 ライサが目覚めたら、二人のこともきちんと説明せねばなるまいーーディルクは考える。
 サヤ・フィデスのこと、更に偶然とはいえ同行していたリーニャにも、異国人だと教えたこと。
 また散々言われそうではあるが。

「ボルスはガルデルマ様に報告後、そのままネスレイ様の元に向かうようです。どうされます?」
「んーフィデスはリーニャと、先にネスレイの所に行っててくれ。俺もこいつが起きたら向かう」

 するとサヤは熟睡するライサに目を向け、僅かに寂しそうな表情を浮かべる。
 そして何事もなかったかのように、リーニャを連れて北へと向かって行った。


  ◇◆◇◆◇
  

『聞いたよディルク。ライサさんが隣国人だって』

 ベコの街の宿の一室。
 ディルクは椅子に腰をかけ、机に視線を向ける。
 一見何もないようであるが、彼はラクニア郊外の森にいる筈の悪友ガルデルマの姿と声を認識していた。通信魔法の一つである。

『だから君は彼女から目を離せず、ここにも連れて来た、と』
「そ。変な誤解が解けたならなによりだ」

 それなら最初からそう言えばよかったのにとガルは突っ込みそうになるが、どうせ確信がないだの、目的とかきちんとわかってからだの、反論の嵐が来るに決まっている。
 ここはスルーして、西聖は話を続けた。

『それはさておき、まだまだ疑問は残る。何故彼女が攫われたのか、そして書状の内容、な。まさか物見湯山に来たわけでもあるまいし』

 ディルクは視線を逸らさぬまま、彼女から聞いた拉致の理由を思い浮かべた。
 死の軍のこと、科学者であることーーーー。
 しかしそれについては語らず、傍らのコーヒーを一口飲む。

『ディルクさ、最後にあっちの世界行ったのいつなんだ?』
「んー、一年……いや、一年半くらい前か……?」

 それまではかなり頻繁に行っていたのをディルクは思い出した。それこそ週に一度や二度というペースで。
 しかしある時から足が遠のいたのだ。

『君はそっちの可能性を考えてる?』
「というか、それしかないかと思ってる」

 言って、ガルの質問内容に全てを悟った。

「あーあいつも流石に思い当たったか。で、正解なわけだ、俺の予想も」
『君は初対面でしょうって仰ってたけど』
「初対面だよ。言ったろ、賊討伐の時に拾っただけだって。散々からかってくれちゃいるが」

 言いながらふとディルクは違和感を覚える。その賊討伐自体、ガルに言われて行ったことだったと。

「ガル……じゃないな、ネスレイか」
『んー?』

 鋭いディルクの視線にガルが思わず冷や汗を垂らす。隠し事はお互い様だ。
 ディルクは追求せず、深いため息をもらした。

「でもライサは……多分、何も知らない。その辺のこと」

 言いながら部屋の隅のベッドで眠り続けている彼女に、視線だけ向ける。
 そのまま口を閉ざした年下の友に、ガルはやれやれといった表情を返した。

『とりあえず王子にこの辺の報告と、あと風子ふうしに例の軍の基地の調査を指示しておくよ。ネスレイによろしくね』

 言うと、返事を待たずにガルは通信を終えた。
 沈黙が訪れる。
 ディルクはそのまましばらく唸りながら考え事をしていたが、いつしか机に突っ伏したまま眠ってしまった。
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