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冒険編
第二章 ラクニアの街-3
しおりを挟む「え……っ」
転移魔法ーーかなりの魔法使いでないと使えないと言っていた魔法。
いきなり大の大人が消滅した現象を目の当たりにしたライサは、思わず声を出してしまった。
まずいと慌てて口を塞いだが遅い。ディルクがすぐ様こちらに気づく。
「おまえ……何やってんだよ、ライサ!」
明らかに怒っているのがわかる。何か言わなければと口を開いたが、彼の方が早かった。
「待ってろって言っただろ! 爆発に巻き込まれたらどうすんだよ。興味本位で近づくなよ、馬鹿が!」
覗き見していたことでなく、明らかに彼女の心配を優先した言葉に、ライサは少々罪悪感を感じた。
「な、何よ、それを言ったらディルクだって」
しかし反論しようと立ち上がった時、ライサはディルクの背後で、小さな赤い光が点滅しているのに気づいた。
この世界にあるまじき、場違いな光ーー。
「危ない! 下がってディルク!!」
それが何かに気づいた時、ライサは反射的にディルクを庇うように、その光から遠ざけようと突き飛ばした。
赤い点滅は数字を表示している。その数字が無慈悲に三、二、一と減りーー。
そしてゼロを標識すると同時に、眩い光と鋭い爆音とともにその一帯が煙で埋め尽くされた。
ディルクに覆いかぶさったライサは、激しい衝撃を覚悟して目を固く瞑った。
だが、予想される衝撃が全く来ない。
不思議に思い恐る恐る目を開けると、ディルクがライサを抱えたまま、もう片方の手をつきだし、爆撃を何かで防いでいるのが見て取れた。これはーー防御結界というやつだろうか。
煙が大分収まると、ディルクは手を降ろし、ほっと息をついた。
「何だかわからんが……ありがとうな、ライサ」
「ううん、私も……びっくりした」
ライサの心臓が早鐘を打つ。
爆弾だった。時限式の。この魔法世界に。その意味するところはーーーー。
ライサはディルクに抱えられたまま脳内をフル回転させる。
しかしどう考えても、何度考え直しても、最悪の考えしか出て来ない。
「なぁライサ、おまえさ……」
爆弾がこの世界にあるはずがないーーただひとつの結論が導かれる。
「どうしてさっき、爆撃が来るのがわかったんだ? ……魔法が発動する気配もなかったのに」
「えっと……見えたから。その……」
爆弾がーーそう言おうとして止まる。
そもそも爆弾というものが彼らに理解できるのか。おかしいと思われるのではないか。
それよりなにより、それ以上のーー違和感。
ライサはディルクの首の後ろに腕を回し、取り付けていた盗聴器を外すと、それをディルクの前に突き出して見せた。
「ディルク、これ、何だかわかる?」
しかしその答えは、科学の理解や知識という以前の問題だった。
「……何か、持ってるのか?」
ライサは肝心な彼らとの違いを忘れていた。知識として身につけては来たのに、現実感がなくて失念していた。
魔法使いは、科学世界の代表的な産物ーーーープラスチックが、見えないーーーー。
魔法使いの視覚はそもそも光の反射によるものではない。物質の放つオーラの波動を、視覚が直接的にとらえているのだという。
故に暗闇でも物は見えるし、霊の類も見えるらしい。
だからこそ魔法結界や魔法陣なども、そのオーラから形成することができるのである。
だがその反面、オーラの存在しないものーー合成樹脂などの非天然物は見えないという。
(うう、サイエンス代表格であるプラスチックやビニールが見えないなんて、何てこと……霊が見えるくせに……)
分かり合うとか無理かもしれないーーライサはくらくらと目眩を感じながら、その事実を受け入れた。
事実を否定しても仕方がない。
むしろ賊との争いの時にスタンガンが奪われなかった理由に納得だ。マントの盗聴器に気づかれなかったのもそのせいだったかもしれない。
「えっと……」
そのうえでこれから自分が取るべき行動を考える。
つまり、プラスチックで外装が覆われた爆弾は、確実に科学世界から持ち込まれたものなのだ。
「そっか、ディルクは、こんなものも見ることができないのね」
ーーそれがここにあるということは、
「じゃあやっぱりこの事件から身を引くべきだわ」
ーー科学世界の誰かが、この世界に来ているということ。しかも不穏な動機とともにだ。
「これが見えないようじゃ、まだまだ魔力がたりないのよ。この事件を扱う気があるなら」
ーーそんな話は聞いていない。公式な侵略ではない。しかもそれがこの国にもばれたらその時は、
「西聖様程でないにしても、せめてこれが見えるくらいの上級魔法使いにならないとね! でないと、さっきみたいな爆破ひとつ見えず、避けることも出来ないわ」
ーー再戦の危険性ーーーー科学世界が、王女が大変なことになる。
何としてでも阻止しなければいけない。
そしてこの件に、何の関係もないディルクを巻き込んではいけないーー。
ディルクはライサの真剣な面差しに納得したのだろうか、一つ息をついて、降参するように両手を向けて呟いた。
「わかったよ。悪かったな、魔力弱くて……」
ライサはその言葉にホッとする。
「ごめんね。ここからは別行動がいいわよね……今までありがとう」
それだけ言うと、ライサはくるりと振り向き、後ろを振り返らず、まっすぐ去って行く。
その姿を、ディルクは見えなくなるまで静かに見送った。
完全に見えなくなったところで、ディルクは傍に気配を感じる。
「無事でしたか。先程の爆発は?」
先刻、姿を消した一人、フィデスである。指示を終わらせ、転移して戻って来たところだ。
「ん? ああ、さっきのと一緒だ。しかも今回は爆破の瞬間に立ち会えたぞ」
「では?」
「ん、魔法発動及び痕跡一切ナシ、だ。呪文どころか魔法陣や魔力すらなかった。俺の魔力が足りないから見えないんだそーだ」
「はい?」
いや、なんでも、と片手で制して流す。フィデスもそれ以上問い詰めたりはしない。
「しかし、では新しい魔法技術か何かですか? そんなことが可能とは」
「んー……」
ディルクはそれには答えなかったがーーしかし先程あった困惑も感じられなかった。
代わりに空を見上げながら傍の人物に声をかける。
「なぁフィデス、もう一件頼まれてくれないか?」
「彼女のこと、ですね?」
「悪いね」
いえ、と苦笑しながら、フィデスは再び姿を消した。その場所に一陣の風が吹く。
「大事にならなければいいんだが」
誰もいなくなった暗闇に向かって、ディルクはぼそりと呟いた。
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