隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第一章 西聖の館-3

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 魔法世界は階級社会である。
 上級魔法使いの中でも、王族の次に権力を持つ宮廷魔法使い、四聖(東聖、西聖、南聖、北聖)がおり、その下に各将軍、大臣や文官などが控えている。
 市民はその下となり、将軍や大臣ともなれば大出世だが、宮廷魔法使いはそれ以上になるのが難しかった。
 とんでもなく魔法のレベルは高く、時には王族以上の力を持つ者もいるという。
 この男はそんな超エリート階級、宮廷魔法使いの一人ということになる。

「西聖ったって、やってることは怪しい研究ひとすじだろ。何度実験台にされたことか!」
「ひどいな、ディルク。怪しい研究だなんて」

 ライサはディルクの声で我に返った。
 どうやらこの二人は相当親しいらしい。幼馴染とかそんな感じだろうか。
 だが、かたや美しい宮廷魔法使い、かたや一般市民のぼろい少年である。
 ライサは傍らにディルクを呼んで、小声で注意した。

「ちょっと、ディルク。失礼じゃないの? 仮にも西聖様にむかって!」

 彼女は王宮勤めの侍女なので階級にはうるさい。
 そして、宮廷魔法使いにタメ口がきける立場を考える。

「貴方が王子様とかいうなら、ともかくね!」

 咄嗟に出てきた身分階級を挙げ牽制する。すると、なんとなく癪に障ったのか、ディルクが軽く返して来た。

「ふっ、実は俺が王子さっ」
「う……嘘っ!?」

 ライサが驚いたのは言うまでもない。この国の王子は、王女からの書状の宛先の張本人なのだから。

「嘘だよ」

 しかし、ディルクは即座に、いたずらした子供のような顔で否定した。
 王族ともあろうお方が、こんな西の辺境で、共もつけず単身で賊と争ったりするわけがない。冷静に考えればおかしい。
 それでもライサは、ほんの僅かでも浮かんだ可能性をしっかりと確かめなければならなかった。
 彼が王子様なら、王女からの書状を渡さなければならない。ディルクの冗談も冗談にならないのである。
 ライサは念をおした。

「ほんっとーに、嘘ね? ディルク!」

 ライサが真剣に聞き返してくるので、ディルクは少々ぎこちなく、頭をかきながら謝った。

「嘘です……すみません」

 ライサはがっくりと肩を落とした。
 どう考えてもおかしいし期待はしていなかったが、やはり遠い王都までの道は避けられそうにない。その道程を思って深く溜息をつく。

「ガルはさ……」

 罪悪感を感じたのか、ディルクはお詫びとばかりに話を始める。

「以前荒野で行き倒れてたときに、助けてくれたんだよな。えーと、八年前くらいか。その時は西聖とかじゃなかったし、以降も何かと世話にはなってたんだけど……まーこき使われてるうちになー」

 友人と言うより面倒な悪友ーーそんなことを呟きながら、豪華な服や装飾品を纏った宮廷魔法使いの方に目を向ける。

「酷いなぁ、悪友だなんて。君には一目置いているのにさー」
「……自覚ないときたしな」

 ライサはそんな二人を見て、自分と王女のように、そこそこ身分を超えた付き合いなのかもしれないと考えた。それでも少しモヤッとするものはあるが。

 ガルはディルクの視線攻撃を逸らしつつ、口を開いた。

「ライサ殿は、王都の王子殿下にお会いしたかったのですね」

 突然の彼の発言に、ライサーーそしてディルクも一瞬動きが止まる。

「あれ? ですよね?」

 あまりに同じタイミングで二人が固まったので、ガルの声がなんとなく間抜けに響いたが、先程のライサの言動に疑いの余地はない。
 ライサの鼓動が速くなる。ここでそんなことを知られてよかったのだろうかと不安が増してくる。
 彼女はポケットのスタンガンをそっと確認した。
 しかしこの世界のトップを争う魔法使いに、こんなものが効くのだろうか。

 だがライサの動揺に反して、続いた言葉はとても軽やかなものだった。

「でもそれならディルクに会えて幸運でしたね!」
「はぁ!?」
「だってディルクもこの後王都に帰るでしょ。一緒に行けばいいじゃん。王都でも迷わずにすむし」
「はへ……?」

 スタンガンを使いつつ、この場から逃げる算段を考えていたライサは、会話の内容に呆気にとられる。

「ちょっと待て! 俺送ってく決定!? なぁライサ、お前も嫌だよな、なっ!?」
「いやいやそれより先に、王子様にお会いする目的への突っ込みはないのですか!」

 あまりに自分の心配と違った方向の会話をしているので、思わず自分で突っ込んでしまう。

「え? でも別に目的がクーデターとか暗殺とか、そういうわけじゃないでしょう?」
「おお、そうそう、王子に会って何するんだ? そこか、そうだよな! 何? 口説いたりすんの? あー無駄だぜムダムダ! 何人もの綺麗なねーちゃんたちが片っ端からフラれてーーーーいてっ!」

 いい加減聞くに耐えられなくなり、ライサは思わずディルクに一発お見舞いしてしまう。
 なんなのだ、この二人の軽いノリは。仮にも一人は宮廷魔法使い様ではないのかと突っ込みたくなる。

「失礼ね! 私の主人の書状をお渡しするだけよ」
「「書状?」」

 二人の声が思わずハモる。

「そう! 言っておくけど内容は私も知らないし、あと誰かに預けるということもしないんだから!」

 勢いで言ってしまい、後から我に還る。いけない、喋りすぎただろうかと。
 やり場がなくなってしまい、ライサは傍の鞄を掴んで扉へと逃げるように向かった。

「し、失礼しましたっ、今日はお暇させていただきますっ」

 真っ赤な顔をしてお辞儀をすると、力一杯扉を開いた。

「あっ、ライサさーん、二階に上がって右の奥の部屋、良かったら使ってくださいね」

 退室したものの、宿すらなかったと立ち尽くした彼女の後ろから、宮廷魔法使い様の間伸びした声が聞こえた。


  ◇◆◇◆◇

  
「……さて」

 ライサが退室した後、一転して二人の空気が張りつめた。

「で、ラクニアの不穏な正体は掴めたのか?」

 ディルクの簡潔な質問に、ガルが降参といったポーズで答える。

「それがね、全然」
「……おい」

 俺が賊を一掃してる間に、街の方の調査するんじゃなかったのかよーーという無言の突っ込み。

「でもディルク、今回ばかりはおかしすぎる。魔法の痕跡すら残っていない。一見何もないはずなのに嫌な予感は益々増してる。王都に報告した通りだよ」
「はぁ、仕方ねーなぁ。俺もラクニア一回りするかー。流石に何もなしじゃ帰れん」
「よろしく頼むよ、ディルク。あと連絡、ララとベコにも寄れってさ」
「まじか! どんだけ人使い荒いんだ、お前ら!」

 頼むよ本当魔力の残り少ないんだよくっそーと喚くディルクを、ガルははいはいと宥める。

「調査だって君一人より、彼女がいた方が怪しまれないんじゃない?」
「知らんぞ。ライサは王都に早く行きたいだろうし、寄り道ばかりって文句言われても」
「その時は俺が転移魔法で送ってあげるよ。というか、ララやベコから行ったっていいしさ。それに……」

 ガルはこれ以上ない位ににっこりと微笑んで続けた。

「みんなに彼女紹介出来ていいじゃない」
「はああああああああぁぁぁあああああ!?」
「だって拾ったとはいえ、ディルクが女の子連れて歩くなんてさーしかも王都までっていうのも満更じゃなさそうだしーいやぁやるねえぇぇ」
「そんなんじゃない、そもそも拾ったのは今日だ、お前と一緒にすんなーー」

 力一杯反論するも、この悪友は、全く聞き入れようとしない。
 そんな馬鹿騒ぎもあり、彼らが寝静まったのは、日付が変わり大分後になってからだった。
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