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冒険編
第一章 西聖の館-2
しおりを挟む「はい、もしもし」
突然の電子音。それはライサが持ってきていた電話の着信音であった。
そもそも彼女がこの隣国に足を踏み入れたのは、とある任務の為である。
その依頼主である主人と、できる限り連絡をとれるようにと持ってきていたのを思い出す。
「もしもし、ライサ?」
ライサが慕う主人の聞きなれた優しい声。自国の言葉。一瞬、目の前がにじみ涙で見えなくなった。
「ひ……姫様ぁー」
この敵国である隣国で、この国の人間ではないと知られないようにする理由の、もう一つがこれだった。
依頼主である彼女の主人が、自国の第一王女だからである。
小さい頃から王女の侍女として側に仕えて来たライサにとって、王女の頼みは何であれ絶対だった。
その王女からある日、一通の書状と共に、隣国に行って欲しいと懇願された。ともすれば命令だけで、ほぼ全ての人を動かせるだろう一国の王女の“頼み“だったのだ。
「どうしたの、ライサ、大丈夫?」
この世界に来てまだほんの三日ーーそれなのに、あまりの懐かしさに気が緩んでしまう。と同時に、やはり慣れないことが続いて緊張していたのかとライサは気づく。
「は、はいっ! 大丈夫です。ありがとうございます!」
音声のみの電話で見えるはずがないのに、ライサは精一杯のお辞儀をしながら答えた。
そしてふと、自分の状況を顧みる。そういえばディルクから逃げるように走って来てしまった。
「……今、傍に人がいたんですけど、大丈夫かしら」
心配そうな声に、王女は軽く答える。
「電子音なんてわからないわよ。魔法使いの人?」
「あ、はい、危ないところを助けて貰いまして」
電波が弱いせいか、声が小さい。だが、一生懸命ライサは、主人の声を聞き取った。
「危ないところだったの!? そう、その方がいてくれて……貴方が無事で本当によかった……」
ほっとしている様子が、電話越しでも伝わってくる。
「ライサ……やっぱり危険なようなら……今すぐ戻って来ていいのよ?」
「でも、この書状、この国の第一王子に届かなかったら……」
ライサは最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。電話の向こうの押し殺した声が感じ取れる。
王女も危険を全く考えなかったわけではない筈だ。
それでもそれを押してまでの頼み事なのだ。この書状は。
「大丈夫ですよ、姫様! 必ずこの書状、ライサが届けてご覧にいれますから!」
怖い人もいれば親切な人もいるのは、科学世界だって同じじゃないですかーーそう続ける彼女に、王女も、最初は悪口ばかりだったのに、と苦笑する。
そういえば、散々魔法使いの悪口を言っていたのに、随分あっさりと魔法使いを受け入れてしまった。何だかんだ言っても人間には変わりない。
だから、きっと大丈夫だとライサは思うのだ。
そして何より、彼女は王女の悲しむ顔を見たくなかった。
「よしっ」
短い電話を切り、元気を出してライサは歩き出した。
戻ってみると、ディルクが夕飯の片付けをして、寛いでいるところだった。
ライサは軽く咳払いをして、息を大きく吸い込み、言葉を切り替える。
「ごめんね、突然」
「いや……もういいのか? ……明日なんだけど俺、街に着く前に、ガルって奴のところに寄ろうと思っててさ」
「ガルさん? お知りあい?」
彼の口から初めて聞く人の名前だった。ディルクは呆れる程ぶっきら棒に言い放つ。
「そっ、あの場に転移してくれた知り合い。街外れに住んでる友……というか悪友だなぁ……」
街外れ、悪友ーー不穏な気がしないでもないライサだったが、いきなり知らない街に単身放り込まれることを思うと、そこで別れてしまうのも得策ではないように思う。
さりげなくポケットのスタンガンを握りしめながら、気を引き締め、了解の意を伝えようとする。
が、それより早く、突然別の声に邪魔をされた。
「呼んだかい、ディルク」
声がしたと思うと草むらの中から、スーッとある男の頭、ついで顔、上半身と順番に浮かび上がってきた。
卒倒する音が鳴り響く。
「だから、できてもそーゆー魔法は使うなっての! 俺はともかくライサがっ!」
卒倒したライサを、ディルクは慌てて起こしあげる。その様子を見ながら全身出現し終えた男は呟いた。
「君が今から来そうだったから先に来てあげたのにーー」
◇◆◇◆◇
「しかしディルクに彼女が出来てるなんて、思いもしなかったよー」
からかうような男の言葉に、ディルクは深々と溜息をもらしつつ答えた。
「先の賊ども追いかけてた時に、たまたま拾ったんだよ。ったく面倒な仕事まわしやがって」
「まぁまぁ最近街中がきな臭くてさ。君が賊の方受けもってくれて助かった」
「ま、俺の方も野宿コースだったから、迎えに来てくれたのは助かったがな」
少し広めの整えられた一室で、そんな声を聞きながらライサは目覚めた。
天井の装飾が美しい。しばらく見とれていると、徐々に意識がはっきりしてきた。
どうやらショックを受けて気絶してしまったらしい。特に危険があるような雰囲気でもなく、早々に気を引き締めたのも無駄に終わりそうだ。
そもそも気を失って警戒も緊張もないのだが。
「やあ、ライサさん……でしたか。気がつかれました?」
倒れる前に見た男が声をかけてきた。
先程は暗くてわからなかったが、よくよく見ると整った顔立ちをしている。
額に宝石を散りばめた黄金のサークレットをしており、それがまたよく映えていた。髪は赤みがかかった明るめのブラウンで、肩のあたりまですっと伸びている。
歳は二十歳を少し超えたくらいだろうか。背もディルクより拳ひとつ分は高い。
更に男は、とても上質そうな絹でできた服を着ており、見るからに貴族という雰囲気だった。
男はライサの手をとり、スッとしゃがんで顔をまっすぐ見上げる。
上流社会の礼儀を払われた。
「私の名はガルデルマ・ステブ・フィンデルソン。はじめまして、お嬢さん」
バックに薔薇の花を散りばめんばかりに美しく微笑み、男はそう名乗った。
「ら……ライサ・ユースティンでございます」
王宮にいたため礼儀自体に今更緊張もないのだが、男の美しさには思わず心臓がドキドキしてくる。
「ふつつかながら、この荒野にて魔法の研究をいたしております。宮廷魔法使いが一、西聖とは私のこと」
「宮廷……魔法使い? え、ええええ!?」
それは……すごく偉い人ではなかろうか。
ライサは壁を越える前に叩き込んだ、この世界の知識を思い起こした。
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