隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

序章-1◆

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 はるか昔、人々は皆共存して暮らしていました。
 ところがいつしか、魔法を使う部族と科学を使う部族とで集まり、軍が出来、その文化や考え方の違いから、互いに領土を争うようになりました。
 魔法を使う者達は魔法で、科学を使う者達はその科学技術でもってそれに対抗し、両者ともたくさんの犠牲をだしていきました。
 戦いは長いこと続きましたが、なかなか決着がつきません。
 追い詰められた両国の国王は土地をきっかり半分に分け、その境界に結界や壁を幾重にも張り、休戦条約を結びました。
 それから数百年の時が経ちーーーー。


  ◇◆◇◆◇


 見渡す限りの荒野を、一台のジープがゴトゴトと駆け抜けていく。道などないのでスピードは出せない。
 ただのんびりと、ひたすら東を目指して走り続けていた。

「はー。びっくりするくらい、何にもないわねー」

 一人の少女が呟きながら、自動操縦されたジープのフロントガラスの前方を見渡した。

 少女の名前はライサ、十五歳。小さい頃から科学を学んで育った、根っからの科学人間である。
 ところがライサが今走っているのは、生まれ育った科学世界とは違う隣国、魔法世界側の荒野だった。
 彼女は人々の間では禁断とされている他世界、しかも敵国への壁を越えたのである。

「魔法とかゲームじゃあるまいし、嘘に決まってるわ!」

 単に科学技術が魔法っぽく見えてるだけでしょ、と続ける。
 魔法世界のことは歴史として幼い頃に学んだものの、写真や映像ですら見たことがなく、魔法などファンタジー以外の何物でもなかった。
 そんな隣国と交流すらない昨今。
 科学こそが当たり前であり魔法を信じない者がいるのも当然で、ライサも例に漏れずその一人であった。

 自国の衛星画像で見られるだけ確認したとき、一番最初の街らしきところまでかなりの距離があり、道もなかった。
 仕方がないのでジープごと壁を越え、日がある間ただひたすら走り続けて、そろそろ三日になる。
 燃料は街の手前くらいで丁度切れる計算なので問題ない。
 そして春になるかならないかという微妙な時季だからか、荒野には動物、猛獣の影もない。
 心配も危険もなくてよいのだが、流石に人恋しくなってきた。

 そんな時、ようやく前方に街らしき姿が見えてくる。
 まだ随分距離があるが、ジープが見つかっても困るので、ライサはこの辺りで乗り捨てることを決めた。
 世界が分断されて数百年。
 敵国とわかっている国の街中に、目立たないかどうかもわからないジープで乗り込む気はない。

 ライサはすぐ横の岩場にジープを隠すように停車させ、手早く荷物をまとめた。二日分の着替えと水や食料など、必要最低限と思われる量だ。
 今日中に街までたどり着かなければ身の危険さえありうる。
 日が昇りだして辺りが明るくなると同時に、ライサは気合いを入れて歩き出した。

 歩き始めて一時間ほど経過しただろうか。
 少し休憩しようと辺りを見回すと、近くに小さな村らしき姿が確認できた。
 三日三晩、完全に人気のない所にいたライサは、なんとなく嬉しくなってその村へ足を向ける。
 村の状態を把握するのに時間はかからなかった。

「廃墟……か……」

 石造りの崩れた外壁に、破壊された板切れ、小さく芽吹く雑草。人がいなくなって数年はたっていると思われる。
 まだ丸一日程歩かなければならないとはいえ、すぐそこに大きな街があるのだ、ここにとどまる理由などないのかもしれない。
  

 ライサが様子を見ながら歩いていると、突如人の気配を感じた。
 複数の男達の気配。話し声も僅かに聞こえる。

「ははっ、大漁や、奴等いいもの抱えてやがったし、しばらくはこれで凌げるねんて」

 使用言語は両国で異なっている。
 しかしライサは自国で、脳に直接言語を叩き込む他言語プログラムを受け、この国の言葉を覚えて来ていた。
 少々発音に違和感があるものの意味はわかる。言葉の問題はあまりなさそうだと思いながら、物陰に隠れて様子を伺った。
 勉強や研究ばかりで外にあまり出たことのない、世間知らずに近い彼女でも、一目で賊とわかる風貌。
 この廃墟は一時かもしれないが、彼らのアジトかもしれない。
 ライサは身の危険を感じ、早々にその場から離れることにした。
 と、その時、カラッと小さな音が足元から生まれる。

「誰や!?」

 離れるときに廃墟の石が転がったらしい。僅かな音だったが、男達は聞き逃さなかった。

「女!?」

 ライサは一瞬で心底冷え切るような恐怖を感じた。震える足を押さえながら、なんとかその場から逃げようと走り出す。
 そんな彼女に賊の一人が追いつくのは早かった。
 ライサは咄嗟にその男に向かって護身用のスタンガンを向ける。

「うぎゃっ!!」

 電圧は最大だ。男は見事に気を失って倒れた。

「こいつ……雷撃か!」

 残りの二人がなおも追いかけて来た。ライサは力一杯走ったが、差は縮まる一方だ。
 と、そのとき、前方の何かにぶつかる。

「おおっと! 待ちや、お嬢ちゃん」

 見れば、後方から追いかけてた筈の賊の一人が、突然目の前に姿を現したではないか。
 一体どうしてーーーー疑問を発する暇もなく、ライサはその大柄の男に腕をつかまれた。痛みにスタンガンを取り落とす。
 男はそちらには全く目を向けず、もう一人の男に早く来いと目配せをした。
 少女の顔を無理矢理正面に向け、ニヤッと笑みを浮かべる。

「なんや、結構かわいい顔してんやないか。怯えとる、ぷはっ!」
「存分にかわいがってやんねん、親分」

 男達はそれぞれ物騒な言葉を発すると、抵抗するライサをものともせずに地面に押し倒す。彼女の衣類に手をかけ、引き裂くまでの時間は一瞬だった。

「!!」

 あまりの恐怖にライサは声を発することも出来ない。その瞳に涙が浮かぶ。
 
(恐い……恐い恐いコワイ……恐い!! 誰か……ダレカ……!!)
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