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後編

第二十章 変わりゆく未来へ-3

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 ラクニアの街は今日も快晴だった。
 壊滅の危機も乗り越え、地の利もあってか、隣国との交易も盛んに行われている。
 賑やかな人々の様子を眺めながら、フードを深く被った老人は街中をゆっくり歩いていた。


「プロポーズは嬉しいんやけど、でもうち、あんたみたいな魔力ないねん」
「何言ってんだよ、このラクニアで魔力や身分差なんて言ったら笑われるぞ」

 上級魔法使いの青年がきっぱり言うと、その恋人の女性が顔を赤らめ、にっこり笑って承諾した。

「せやな、西聖キジャ様に怒られてまう。リーニャ様はうちら庶民の憧れや」

 西聖キジャは十七で就任し、その時に初めてラクニアへやって来た異例の宮廷魔法使いだ。
 最初は反対派も多かった。しかしその後ろ盾はラクニアでも度々見かけられた東聖であり、誰もが認める腕を持った名医のサヤであり、そしてその父は将軍トップの炎子えんしだ。それだけでもう、ラクニアの貴族達は閉口するしかなかったという。
 またキジャ自身も献身的にラクニアのために働いたので、徐々に皆に受け入れられていった。
 そしてその五年後、彼は平民のリーニャをきちんと正妻として迎え、皆に紹介してまわったのだ。

「お、俺だって、誰かお前を愛人だなんて言う奴がいたらぶん殴ってやる! キジャ様みたいに絶対守るから!」
「ほんま? めっちゃ嬉しい。うちもリーニャ様みたいに頑張らんとあかんな」

 ラクニア出身平民でありながら、科学を学び、またそれを魔法と合わせた魔科学者リーニャは、今や西聖キジャと並ぶラクニアの英雄である。
 もちろん彼女にも、キジャの正妻になることには多大な抵抗があったと言われている。
 しかし科学に触れ、レーンフォード王国に住み、偉大な宮廷博士の元で学ぶうちに、科学に身分差などないと、少しずつ抵抗がなくなっていったという。

「身分もなにも、俺の知り合いなんてメルレーン王国に嫁いで行ったぞ。科学さいこーとか何とか言ってさ」
「ええやん。うちもほら、見てぇな、かわええ傘やろ! この前通販で買うたんや」

 天然素材の布にビニールと撥水加工を施した、魔法使い用に作られた傘を女性は嬉しそうに開いて見せる。
 若者達は楽しそうに話しながら、老人の前を通り過ぎて行った。

 老人はフードで顔を隠し、彼らを見送りながらニコリと微笑む。
 そして通りを抜けて広場に出てみると、今日は祭りでもあるのか、沢山の屋台が立ち並んでいた。

「らっしゃいらっしゃい! そこのお兄さん、これなんてどうだい? なんと、視界が変わる眼鏡! これであんたも科学者さ」

 レーンフォード王国のライサ宮廷博士の発明品だよーと、店員が次々に声をかけていく。

「へい、姉ちゃん、こっち伝説の外交官、東聖ディルシャルク愛用チェスの駒! 今ならこの袋もつけちゃうよ!」
「そこの旅人さん、レーンフォード行くのかい? こっちのお土産はいかが?」


 老人は少し疲れたので休もうと辺りを見回した。
 広場の空いているベンチに腰を下ろし、街の空気を吸い込む。
 ラクニア中央駅で手に入れた新聞をおもむろに取り出し、その見出しに目を向けた。

『ラクニア王都間リニア開通!』
『旅行へ行こう! 各国間の転移ゲート値下げキャンペーン実施中!』
『三国首脳会談あすから』
『オスフォード王室の国宝公開』

 老人は鞄からパンを出し、かぶりつきながらページをめくる。足元に鳥が来たので、パンくずを少し分けてやった。

「五十年、か……」

 空を見上げ、目を閉じる。
 街の時計が夕暮れの鐘を鳴らすと、老人はゆっくり立ち上がり、新聞とパンのゴミを捨てつつ駅へと向かって行った。


  ◇◆◇◆◇


 はるか昔、人々は皆共存して暮らしていました。
 ところがいつしか、魔法を使う部族と科学を使う部族とで集まり、軍が出来、その文化や考え方の違いから、互いに領土を争うようになりました。
 魔法を使う者達は魔法で、科学を使う者達はその科学技術でもってそれに対抗し、両者ともたくさんの犠牲をだしていきました。
 戦いは長いこと続きましたが、なかなか決着がつきません。
 追い詰められた両国の国王は土地をきっかり半分に分け、その境界に結界や壁を幾重にも張り、休戦条約を結びました。
 それから数百年の時が経ち、とうとう境界が取り払われ、再び戦争が起こりました。
 発達した科学と魔法により戦いは熾烈を極めますが、そんな中で両者を融合し互いの力を掛け合わせた新勢力が生まれます。
 彼らは新しい国をつくり、両者の技術をどんどん取り込んでいきました。
 科学は魔法を取り入れ、魔法は科学を応用し、ハーフが生まれ、クオーターが生まれ、そしていつしか部族間の境も曖昧になるのです。

 はるか未来、人々は皆共存して暮らしていきます。
 魔法と科学における文化や考え方の明確な違いは、もうありません。
 ところがいつしかまた、人々は再び他者との違いを見つけ、敵と味方に分かれて集まり、軍が出来、互いに領土を争うようになるのです。

 ーーーーそれは永遠に続く、異なる世界の物語ーーーー
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