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前編
第十二章 戦いの予兆-4
しおりを挟む「これか」
ネスレイは自分の予知の結果をイメージし、それをガルの意識に直接送り込んだ。
しかしそれを見たガルも、先程のネスレイ同様顔を顰め、うーんと唸り始める。
「ディルクをラクニアの外へ賊討伐に行かせることで、多数の爆破事件は収まりラクニアは救われるが、彼には苦悩が待っている……って、一体全体どういう理由……?」
ネスレイはかなり念入りにいろいろなパターンを見てみたが、ディルクが賊討伐に行かない未来は、どう占ってみても多数の爆発及びラクニア壊滅にしか辿りつかなかった。
それだけはどうあっても避けなければならないので、もう選ぶ道は一つしかない。
しかし、流石に理由もわからず同朋を苦しめることにも少々躊躇いがあった。
ネスレイは、ガルの疑問に至極真面目な顔で答えた。
「恋をする」
「は?」
あまりに唐突な言葉に、ガルは一瞬意味を取りかねる。
「恋……ってもしかして、ディルクが? え、あいつが!?」
そして思い切り顔を顰めた後、彼は深刻な状況も忘れ、大爆笑を始めた。
「ま、まじで!? あいつが!! だってあいつ例の件以来、女性どころか人と深く関わることすら避けてるのに!!」
王子も来る見合い全てを断っているが、密かに本命がいるという噂を聞いている。
そしてガルも失恋のような形で終わっていたため、本命はいないものの女性不信というわけでもなく、軽い付き合いがないわけでもない。
ただディルクに関しては、全く浮ついた話の一つも聞かなかった。
彼は見合いはおろか、個人的な遊びも付き合いも全て一切合切を拒絶していた。
ありえない、そんな奴の心をとかすとかどういう相手だよむしろそっちが気になるよと、ガルは腹を抱えて笑い転げる。
「だってさ、ナリィさんは結局、恋人ってわけじゃなかったろ。俺の見たところ憧れの域を出ていなかったし……あの先があったなら、恋になってたかもしれないけど」
つまりディルクは、本当の恋愛というものを知らないまま、ずっとその感情や可能性を拒絶してきているのだ。
それでも出会ってしまったなら、一体彼は何を思い、どんな行動をするつもりなのか。
どうしようもない愛しい感情を知ってしまっても、変わらず拒絶を選ぶのだろうか。
二人とも、同朋である彼の行く末を気にかけていないわけではない。
「はー……でもそっかぁ。ディルクにとうとう春がなー。それは冷やかし……もとい、応援してやらないとなぁ」
もの凄く気になることだが、相手の予知は今のネスレイには出来ない。
「とりあえず、あいつが来たら、賊を追うように言っておけばいいんだな!」
彼の占いそのままをとるなら、賊討伐に行かせることで、その彼女に出会い、恋をするということだ。
それがどう、ラクニアを救うことになるのかはわからないが。
「恋の力は偉大ってか? いや、嫌いじゃないよそういうの」
ありえない想像をしてツボにハマり、またガルは爆笑する。
「しかし……」
何度占ってみても、ディルクが苦しむ未来しか見えない。そこにネスレイは躊躇している。
恋愛どころか人との深い関わりを拒否する彼が出会ってしまうのだから、当たり前なのかもしれない。
しかし心の葛藤だけならまだいいが、もしもそれが叶わない相手なら?
知らない方が、出会わない方が幸せなら?
更にトラウマを抉られるようなことになったら?
「叶わない相手……ねぇ。片想いじゃしょうがないとしても。例えばどんな? 浮気……そもそもそんな相手選ばないだろディルクは。歳の差? 身分差? それこそあいつは気にもしないだろうし」
あとは不治の病とかだろうか。それでも全力で延命でも何でもしてやろうとガルは言う。
「それとも本人に聞いてみるか? 恋を知り、この先の苦しみと引き換えにラクニアを救うか、何も変わらず今のままラクニアを滅ぼすか」
なんとも卑怯な質問だ。ラクニアへの責任放棄と言ってもいい。
「なら全責任で俺が決める。その後のあいつのケアまで押し付けてくれていい」
ほう、とネスレイは感心した。
笑い転げたりおちゃらけたりするが、彼もまた肝心なところできちんと西聖なのだと。
「それに、ナリィさんを越える、そんな相手に出会えたらさ……きっとあいつは、無敵になれる」
『竜の髭』をつける前、もう五年も前のことをガルは思い出した。
ネスレイよりも早い、異例の十二歳で東聖内定していたその実力を。
そして現在、ほぼ全ての力を抑制しているその状態を。
ネスレイはふと笑った。
ガルも相当お人好しだなと思いつつ口には出さない。
「そうか」
「ああ、俺は応援する。例えこの命にかえることがあっても、最後までサポートしてやるさ」
まぁまず思いっきり冷やかしてからかって、反応楽しませてもらってからだけどねーとカラカラ笑うガルに呆れるネスレイ。
ーーーー彼が本当に命にかえての応援と知るのは、この一年後のことであるーーーー
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