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後編

第十九章 王都の指導者-1

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 人形軍が停止し、ディルクはおもむろに結界を解いた。

「ふぅ……」

 今の魔力量で、この大きさの結界の維持はなかなかにしんどかった。でも間に合ってよかったと胸を撫で下ろす。
 軽く手を振り、伸びをすると、ディルクは街を見ながら王都の通りを歩き出した。

 戦争が終わり、初めて戻ってきた、自分の街。
 小さい頃からシオネに連れられ満遍なく回っていたこの街に、知らないところなどない。所々にあるヤードに来れば、この地区にどんな人達が住んでいるか思い浮かべることも容易に出来た。

炎子えんしも皆も頑張ったんだな……」

 いくつかの争いの跡、壊れた家屋や塀。このくらいなら十分復興できる程度だ。
 それでもディルクの心はキュッと痛む。ずっと守ってきた街がこんなにも寂しく傷ついている。
 まだまだ被害が少ない方なのだろう自分ですら悔しいのだ。ラクニア、ララ、ベコの被害でどれだけ同朋が必死に守り、心を痛めたことだろうと思う。
 ディルクは脇の瓦礫にそっと手を置いた。

「ごめんな、あんまり……守れなくて……」

 本来ならば、時戻しの魔法を使って即行街を元通りに出来ただろうが、今はそれも叶わず無力なまま立ち尽くす。
 ついこの間失ったジェイドの顔が浮かび、それをきっかけとして次から次へと戦争で逝ってしまった人達が浮かんだ。
 それでも自分がいた前線で、実際息絶えたところを見送った者などほんの僅かだ。

「俺……続けていいのかな、東聖……」

 手近の街路樹にもたれながら、ディルクはそっと自問する。まるで王都に語りかけるように。
 戦いが終わってから密かに抱いていた問いだった。

 思ったよりもずっと一人で何もできない自分、それに伴い増える犠牲。
 民一人守れない、役に立てない化け物ーーそして街を元に戻す魔力すらない今、東聖としての己に何の価値があるのだろうと。もちろん魔力が回復すれば、働くことはできるけれどーー。
 しかし東聖としてここに戻るならば、無力なまま、また一人で王都を背負うことになる。

 それが、こんなにも重荷になる日が来ようとはーーーー。

「ディルシャルク殿!」

 声をかけられ振り向くと、炎子が駆け寄ってきた。

「お前……エイスト村で皆と休めって……」
「はい、住民の避難は終わったので様子を見にーー止まったんですね、人形軍! よかった!」

 そしてディルクの方を改めて見やり、その魔力の低さに愕然とする。

「まさかまた〈竜の髭〉を……というわけでもないですよね!? と、とにかくこちらへ! 貴殿こそお休みください! 私より余程満身創痍じゃないですか!」

 炎子は手を取り、ぐいぐいと皆の避難場所へ彼を導いていく。ディルクはその必死さに思わず苦笑した。

「まあそう焦らなくてもな? ここに来た時から僅かな魔力量だったし。いや、一回限界超えると回復大変なんだなぁ」
「何を呑気な! 我らがどれだけ帰還を願っていたと思っているんです!?」
「ああ、うん、国王様には伝えておくよ。王都が手薄になるような無茶な進軍するなって」
「貴殿のことですよ!!」

 突然の大声にディルクは目を見開いた。目の前の炎子は顔を真っ赤にして怒っている。

「いつもそうですよ、貴殿は! 自分ばかりを犠牲にして、無理して皆を守って! そのくせ全然頼って下さらない! 少しは守られる方の身にもなってください!」

 フィデス殿やボルス殿をつけられてからは、無茶が少しは減ったと思っていたのに、とぶつぶつ呟く。

(帰還を願ってた……? 俺の……?)

 化け物でもなんでもない、ディルクという、この王都の指導者を。
 その頼れる指導者の号令を。
 王都の皆に望まれているーー今まで考えたこともなかった。まさかと思いながらも少しずつ、じんわりと胸が熱くなってくる。
 炎子に手を引かれながら、ディルクは涙が溢れそうになるのをぐっと堪えた。


 村では避難してきた王都の民と村人が、ほぼ全員広場に集まっていた。
 炎子とディルクが向かうと、歓声が上がり壇上へと導かれる。
 そして二人がきちんと立つと、騒めきがぱっと静かになった。
 会場の皆の顔を一通り見回して、ディルクは頭をぽりぽりと掻く。ダイレクトに伝わってくる安堵と喜びの顔。

(あれ……東聖辞めるとか言い出せなくね? これ)

 いくらなんでも、自分への期待をヒシヒシと感じる。これを気のせいと捉えるほど鈍感でもない。
 ふと、ライサの姿が思い浮かんだ。初めてここでデートしたあの時彼女から聞いた、涙が出そうなほど感動した言葉を。

 ーーーーディルクは慕われているよね、頼っていいんだよーーーー


 ディルクは炎子の方を振り向いた。

『えーと、拡声魔法頼んでもいい? ……ってあれ、もう使ってくれてるんだ、あー、ごほん!』

「おーいしっかりしろー初歩魔法だぞー東聖さんよー」
「いっちょ前に緊張してんのか、らしくないぞーディルク!」
「彼女のねーちゃんどうした! さては喧嘩したなー!?」

 ひゅーひゅーとからかわんばかりの野次がとぶ。あまりに戦前と変わりない皆の自分に対する反応。
 ディルクは安心しながらも、相変わらずの連中に、ふーと軽くため息をついた。
 化け物の自分がどうだとか、無力な自分の価値だとか、なんだかどうでもよくなってくる。

(あーもう、どうして王都の連中はこうガラ悪いの多いんだ。誰に似たんだろう全く。なんかもう、俺一人で何もかも背負うとかアホらしくなってきたぞ?)

 ディルクはジト目で会場全体を睨み、一呼吸すると、すっと腕を上げ指で差しながら毅然と応答した。

『言ってくれるじゃねーか。うるさいぞーそこ! そもそも隣国から急いで飛んで来たから魔力すっからかんなの、大目に見ろよボン爺! トールも! 今更お前ら相手に緊張なぞするかぁ!』

 ディルクはそこで大きく息を吸い込んで、叫んだ。

『あと! ライサとはちゃんとラブラブだ! 今度嫁として紹介してやるから楽しみにしてろおぉ!!』

 うわあああああああああーーー!! ディルクの言葉とともに、数々の拍手や口笛、歓声が一気に広がる。

「やりやがったぁぁーー!!」「こいつぅぅ!」「リア充爆発しろぉぉ!!」

 その傍らで炎子はくっくっと笑いを止められない。
 国王軍が去り、彼が姿を現すまでの王都は、皆希望を失い、笑顔が消え、葬式のように静かな街だったのだ。
 まだ就任してたった四年ーーだがディルクは確かに王都の指導者、東聖だった。

『てぇわけで、これから急ピッチで王都復興すんぞ!! 俺はライサにちゃんとした王都見せたいんだ! でも俺は見ての通り魔力がねぇ! 一人でさっくり直せねぇ! だから、お前らに任せたっ!!』

「マジかよ!」「ったく、使えなさすぎだろーへっぽこ東聖ー!!」「しょーがないわねぇぇ!」「おらいくぞ、みんな!」「結婚式待たせるわけにいかないでしょ!!」

 バタバタと人々が一分一秒も惜しいとばかりに動き出す。
 兵役で若い男手の少ない中、それでも皆が指導者のもと、同じ目標に向かって走り始めた。

 ディルクが王都の民を頼り指示を出すーーそれは初めて見る光景だった。
 この場に王子がいたら、感動で涙を滝のように流していたに違いない。

「本当によく生きてお戻りで……ディルシャルク殿……」

 涙を浮かべつつ笑う炎子の前方で、ディルクはてきぱきと、街の復興の手順や指示を出していった。
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