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後編
第十八章 是正-2
しおりを挟む「俺もお前も……正常な精神状態じゃなかった」
ライサは目を固く瞑り、顔を逸らす。当時の状況が目に浮かんで身体が震える。
ディルクはそんな彼女の背中をさすった。大丈夫、大丈夫と囁きながら落ち着かせる。
「でも……どうして俺たちは、まともな状態でいられなかったか考えるとさ、思い当たることって一つしかないんだ。もちろん戦争もそうだけど……」
ディルクは、あの日離してしまったその白く細い手をしっかり掴んだ。
「お前が……傍にいなかったからだよ……ライサ。お前は違うのか?」
お互い殺し合わなければいけない敵同士で。離れることこそが正解だと思ってしまったあの時。
しかし想いを忘れられず、結果が沢山の犠牲を出しただけ、二人してボロボロになるだけだとわかっていたら、そんな選択はしなかったかもしれない。
「毎日、会いたいって思ってた……会ったら殺し合わなきゃいけないのに。会いたくて仕方なくて。戦いたくもなくて。もう……王子達も一緒に、四人で逃げればよかったかなぁ」
一番非現実的で、でも一番やりたかったことを呟く。もちろん実際は、王都や国を捨てることなど出来なかったと分かっている。過ぎ去った今だからこそ呟けることだった。
ライサは堪えきれず泣き出す。
「ディルク……も、そんなふうに思ってた……んだ。私……私だけかって……」
ただ極限まで追い詰められていた時でも、ディルクの方が少しだけ自分が残っていた。だからライサと対峙したときも、すんでのところで正気に戻ることが出来たのだ。
ライサはただ、それが少し遅れてしまっただけのことだと彼は言う。
「一歩遅かったら、俺だってお前の息の根止めてたさーーだからもう、俺を撃ったこととか、気にしなくていい」
「でも、でもディルク……」
自分が撃ったその心臓にライサは顔を埋める。トクトクと動いているのがわかって涙が出てくる。
「なぁ、ライサ……」
ディルクが彼女の頭を抱え、目を閉じ呟く。
「間違えたんだ、俺たちは……」
びくっとライサの身体が強張った。
「いろんな物が壊れて、たくさんの兵が傷ついて……ガルやネスレイも……だから死んだんだ……」
悪化する戦況に増え続ける犠牲。なまじ思ったことが全て出来てしまうばかりに止まるところを知らず、その影響は絶大で。
自分の身すらもーー何度も助かったのに、幾度も助けられたのに、その命を自ら捨てようとしてーー。
「俺たちは、離れちゃいけなかった」
亡き同朋の占いが思い起こされる。二人でいるのが吉だと言った同朋の言葉が。
今もまた、離れようとして、犯すところだったーー間違い。
「でも今回は止めてくれたな……お前が、俺の間違いを……一緒にいたから」
「あ、あれは私の間違いだよ、全部捨てて逃げようとして……その方がディルクの為って思い込んで……」
「でも実際魔法使おうとしたのは俺だからな……」
実現可能なために、間違いになり得てしまうのだと。
ライサは世界を滅ぼそうとした、あの時の兵器を思い起こした。例え造りたいと思っても、そうそう普通は実現出来ないだろう、彼女だからこそ造れたあの脅威。
思い出してもゾッとするーーあんなものを造ってしまったことを、それをおかしいと思わなかった自分を。
ディルクはそんなライサを見て微笑むと、安心するよう言い聞かせた。
「心配すんな。お前があんな兵器造っても、また俺が全力でとめてやるから」
そもそも近くにいれば、造ること自体止められるしな、と加える。
どちらかがその力で道を外しそうになっても、一緒にいれば、互いに間違いを止められる。
足りない力を互いに補うことができるーーーー。
ディルクは俯く彼女を抱きしめた。目を閉じ、その存在を確かめながら涙を流す彼女の耳元にそっと囁く。
「大丈夫だ……大丈夫。もう、間違わないようにしよう。ずっと一緒に……離れないようにしよう……」
彼の言葉に、ライサもぎゅっと腕に力を込め、そうだね、と呟いた。
「きっとこれが……本当に正しい……人生のやり直し、なんだね……」
時間を戻すでもなく、全部忘れて生き直すでもなく。
今までの罪もきっと、二人の方がより多く償える、救える力になるはずだ。
急には変われなくても、少しずつでも直して前へ進もうと思える。
たまに踏み外しそうになっても、別行動になることがあっても、きっとこれからは同じ道を行けると。
その後王都を襲った人形軍との戦いーー未知なるその敵の攻撃も、ディルクは冷静に対処し、何も恐れることなく彼女を信じて待ち続けた。
◇◆◇◆◇
キジャの心境はまだ整理されないまま、到着したのは森の中のとある別荘だった。
出てきた中年女性と教授は知り合いのようで、警戒心を持たれることもなかった。一言二言話したかと思うと、中年女性は涙を浮かべる。
「そうですか、ライサも東聖の坊やも無事で……何とお礼を言ったらよいか」
「早速で申し訳ないが、王女殿下にお目通りできますかな?」
(王女殿下? って、この国の? 王族はほぼ全滅したって聞いた気がしたんだけど。それにあのおばちゃん誰だ? 東聖って兄貴だよな……なんで兄貴もライサも教授のことも知ってるんだ、何者??)
「なぁ、リーニャ、俺、状況全然飲み込めてないんだけど。あの女の人誰?」
小声で囁くキジャ。しかし彼女にもさっぱりわからない。流石に王女と王子の話まで知らない。
フルフルと首を横に振るリーニャ。
しかし、教授と入れ替わりに別荘から出てきた人物を見た途端、彼女の顔は明るくなった。
「あ! サヤ姉ちゃんや! おーーーーい!!」
大きく手を振り、声の限り叫ぶ。向こうも気がついたようだ。
「えっ、り、リーニャ!? ど、どうしたの、こんなところで」
美しい大人の女性だった。思わずキジャは見とれてしまう。
額にはルビーの美しいサークレット。一目で相当の力を持つ魔法使いの貴族だとわかる。
ディルクがリーニャを見たときのような驚きっぷりを見て、彼女はにししと笑った。
「ディルク兄ちゃんに言われて来たんよ。な、キジャ!」
「えっ、マスター!? ど、どこに!? リーニャ、どこにいらっしゃるの!!」
ディルクの名を聞き、サヤの目の色が変わる。
「ここにはおらんよ。兄ちゃん、王都に戻ったで。科学の攻撃受けてるんやと」
すると、今度はすっとサヤの顔が強ばる。心当たりがあるかのような表情。
南聖マナフィの全魔法使いに向けた知らせは、この異国の片田舎にも届いていた。
「そう……」
後方の、いつの間にか来ていたボルスに視線を向ける。
それを知っても彼らが動くことは出来ない。王子を置いて行くことは出来ないし、指令があったわけでもなかった。
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