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後編
第十五章 刻まれる想い-2
しおりを挟む夕陽が沈む中、ディルクは横のライサを確認すると、静かに目を閉じた。
(俺のことも伝えたし、いろいろすっきりしちまったな)
ボルスが手当てをしてくれたが、まだまだあの死の軍にやられた傷は痛いし、彼女の信用を失ったこともこたえた。
でも自分のことを話さず、彼女を利用していたことは事実だ。
否定はしたし、本音も話したが、信用を失った者の言葉など誰が信じるだろう。
そもそも敵同士だ、それでいいとも思った。
元々それ以上のことなど何一つ期待していないと。
それでもディルクは、そんな想いを抱いたことにーーこんな自分でもそんな感情を抱けたことに大いに感謝した。
幼い日の憧れとは違う、その強い想い。
ずっと周りに心配をかけていたことくらい知っている。王子や同朋、王都の民、それに死ぬまでシオネにすらも。
東聖になってからは、この力を押さえつけたままではいけないと、本当は誰よりも自分が感じていた。
それでも、どうすることも出来なかったーーそんなトラウマすらも完全に乗り越えてしまった。
一方的な想いでも、こうして傍にいて彼女の気配を感じるだけで、まるで世界が違って見える。
相思相愛ならどれだけなんだろう。離れたらそれこそ、食事が喉を通らなくなるくらい辛いのだろうかと考える。
(会わせて……やるかな。いつか、どうにかして……)
すると、その心を読んだかのように、ライサが提案をしてきた。
「やろうよ! お二人の恋のキューピッド作戦!」
未だ会うどころか連絡もとれていない、離れ離れの恋人達を思い浮かべる。
二人の再会に自分から手を貸そうなんて思わなかった。本人達の力だけでは無理だろうと思っていたが、彼が動いたところで難題であることに変わりなかったからだ。
(王女さん、あんたはすごいよ、俺を動かして……あとひとつ……)
ディルクは傍の彼女に目をやる。死の軍にも抗えるその存在を。
(二人でいるのが……吉、か)
信頼し合うなら、足りない部分をお互いに補い合えるならば、きっとそれは最強だろう。
王子と王女の再会も、彼女がいれば難題ではなくなる。簡単に現実味を帯びてくる。
でも、その先は無理だと思った。
彼女への感情を自覚してしまった。そして彼女には婚約者がいて他に心があり、己との信用も地の底だ。
彼女は国に帰り、戦争になり、協力し合うことももうないだろう。
(楽しかった、な……)
その感情を伝えるつもりはなかった。身の程は十分承知している。
いっそこの思い出のまま、二度と会えなくなればいいのかもしれないと思った。
そうすれば完全に敵となった彼女と戦わずに済むのだからと。
◇◆◇◆◇
「ええっ、今日中に王都に到着できるんじゃないの!? 魔法戻ってるんでしょ」
死の軍の報告をしてきた友人に、王子は不満の声を上げた。
『いろいろあんだよ、とにかく着くのは明日だ明日! じゃあな』
それ以上話すことはないと一方的に通信を切られ、王子はぶつぶつ言いながらボルスの方を振り返った。
「……お疲れなのでは?」
主人を取り繕おうとするボルスに視線を投げかけ、王子はそのまま溜息をはーっとついた。
「余計な心配かけたくないのはわかるんだけどさぁ……結局心配しちゃうんだから意味ないのに」
五年前の事件を思うと無理も言えない。なにせ心配しすぎて隣国まで追いかけてしまったのだから。
友人もわかっていて、本当に大変な時ほど悟られないよう距離を置こうとするのだ。
「というか、絶対気づいてない! 自由に動ける時間なんて王都入りしてからせいぜい半日くらいだってこと!」
自分の気遣いなどどうでもいい、肝心なのはひとつ。
「ディルシャルクがこの王都を彼女に案内しないでどうするのさ!」
今回の帰郷はいつもと訳が違う。
死の軍のいざこざもさる事ながら、竜の髭を外した彼に、周囲の関心は一気に集まるだろう。
タイミング的に死の軍討伐の時期と合うので、表向きの理由に困ることはないだろうが、それにしたって五年ぶりの東聖本来の魔力に注目は避けられない。
そうなれば、ゆっくり二人きりになれることなどほぼないというのに。
「ヴァンクレサルト、ディルシャルクの明日の予定なんだけど!」
「はい、マスターは王都到着後、昼からは王城にて定例会議、そのまま立食パーティー」
「それ、全部キャンセルして。臨時の任務ため欠席。私が代わりに出るから。あ、ディルシャルクには中止って伝えておいて……理由は、えーと……主催者の都合でいいか」
はぁ、と呆気にとられるボルス。
だって明後日は将軍との会議、四聖とも会議、その後貴族との会合、国王陛下への謁見もある。そっちは動かせないし、などと王子は更に呟く。
そして翌日、王女からの手紙を受け取り、友人をデートに見送ると、王子はその手紙を懐に大事に忍ばせたまま、彼の代わりの職務に奔走した。
愛しい王女からの一年半ぶりの手紙。
結局きちんと読めたのは、夜友人が訪ねてくる三十分ほど前のことだった。
◇◆◇◆◇
成り行きとはいえ、ディルクとライサは王都でデートと言えなくもない時を過ごすことになった。
(余計な根回ししやがって……俺の想い筒抜けかよ、はぁ……)
ぽりぽり頭を掻きながらディルクはすぐ横の彼女を見やる。
「……悪いな、俺の案内で」
「えっ、どうして? ディルクは王都に一番詳しいんでしょう。姫様にもお話したいし」
(そういえば、王女様はこの国や王都を見たことはないんだもんな)
自分の街や国を愛しい人にも見せたいーーそんな気持ちがごく普通に浮かび上がる。以前ならそんな発想すらなかっただろう。
彼女の見聞きしたことは王女にも伝わると考えれば、王子が王都の案内をさせたかったのも納得がいく。
(まぁ、他に案内もいないか)
思いつつも、自分の街で二人で過ごせる現実には、やはり顔が緩みそうになり、ディルクは必死に心を落ち着かせた。
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