上 下
46 / 64
後編

第十五章 刻まれる想い-2

しおりを挟む
 
 夕陽が沈む中、ディルクは横のライサを確認すると、静かに目を閉じた。

(俺のことも伝えたし、いろいろすっきりしちまったな)

 ボルスが手当てをしてくれたが、まだまだあの死の軍にやられた傷は痛いし、彼女の信用を失ったこともこたえた。
 でも自分のことを話さず、彼女を利用していたことは事実だ。
 否定はしたし、本音も話したが、信用を失った者の言葉など誰が信じるだろう。
 そもそも敵同士だ、それでいいとも思った。
 元々それ以上のことなど何一つ期待していないと。

 それでもディルクは、そんな想いを抱いたことにーーこんな自分でもそんな感情を抱けたことに大いに感謝した。
 幼い日の憧れとは違う、その強い想い。
 ずっと周りに心配をかけていたことくらい知っている。王子や同朋、王都の民、それに死ぬまでシオネにすらも。
 東聖になってからは、この力を押さえつけたままではいけないと、本当は誰よりも自分が感じていた。

 それでも、どうすることも出来なかったーーそんなトラウマすらも完全に乗り越えてしまった。
 一方的な想いでも、こうして傍にいて彼女の気配を感じるだけで、まるで世界が違って見える。
 相思相愛ならどれだけなんだろう。離れたらそれこそ、食事が喉を通らなくなるくらい辛いのだろうかと考える。

(会わせて……やるかな。いつか、どうにかして……)

 すると、その心を読んだかのように、ライサが提案をしてきた。

「やろうよ! お二人の恋のキューピッド作戦!」

 未だ会うどころか連絡もとれていない、離れ離れの恋人達を思い浮かべる。
 二人の再会に自分から手を貸そうなんて思わなかった。本人達の力だけでは無理だろうと思っていたが、彼が動いたところで難題であることに変わりなかったからだ。

(王女さん、あんたはすごいよ、俺を動かして……あとひとつ……)

 ディルクは傍の彼女に目をやる。死の軍にも抗えるその存在を。

(二人でいるのが……吉、か)

 信頼し合うなら、足りない部分をお互いに補い合えるならば、きっとそれは最強だろう。
 王子と王女の再会も、彼女がいれば難題ではなくなる。簡単に現実味を帯びてくる。
 でも、その先は無理だと思った。
 彼女への感情を自覚してしまった。そして彼女には婚約者がいて他に心があり、己との信用も地の底だ。
 彼女は国に帰り、戦争になり、協力し合うことももうないだろう。

(楽しかった、な……)

 その感情を伝えるつもりはなかった。身の程は十分承知している。
 いっそこの思い出のまま、二度と会えなくなればいいのかもしれないと思った。
 そうすれば完全に敵となった彼女と戦わずに済むのだからと。


  ◇◆◇◆◇


「ええっ、今日中に王都に到着できるんじゃないの!? 魔法戻ってるんでしょ」

 死の軍の報告をしてきた友人に、王子は不満の声を上げた。

『いろいろあんだよ、とにかく着くのは明日だ明日! じゃあな』

 それ以上話すことはないと一方的に通信を切られ、王子はぶつぶつ言いながらボルスの方を振り返った。

「……お疲れなのでは?」

 主人を取り繕おうとするボルスに視線を投げかけ、王子はそのまま溜息をはーっとついた。

「余計な心配かけたくないのはわかるんだけどさぁ……結局心配しちゃうんだから意味ないのに」

 五年前の事件を思うと無理も言えない。なにせ心配しすぎて隣国まで追いかけてしまったのだから。
 友人もわかっていて、本当に大変な時ほど悟られないよう距離を置こうとするのだ。

「というか、絶対気づいてない! 自由に動ける時間なんて王都入りしてからせいぜい半日くらいだってこと!」

 自分の気遣いなどどうでもいい、肝心なのはひとつ。

「ディルシャルクがこの王都を彼女に案内しないでどうするのさ!」

 今回の帰郷はいつもと訳が違う。
 死の軍のいざこざもさる事ながら、竜の髭を外した彼に、周囲の関心は一気に集まるだろう。
 タイミング的に死の軍討伐の時期と合うので、表向きの理由に困ることはないだろうが、それにしたって五年ぶりの東聖本来の魔力に注目は避けられない。
 そうなれば、ゆっくり二人きりになれることなどほぼないというのに。

「ヴァンクレサルト、ディルシャルクの明日の予定なんだけど!」
「はい、マスターは王都到着後、昼からは王城にて定例会議、そのまま立食パーティー」
「それ、全部キャンセルして。臨時の任務ため欠席。私が代わりに出るから。あ、ディルシャルクには中止って伝えておいて……理由は、えーと……主催者の都合でいいか」

 はぁ、と呆気にとられるボルス。
 だって明後日は将軍との会議、四聖とも会議、その後貴族との会合、国王陛下への謁見もある。そっちは動かせないし、などと王子は更に呟く。

 そして翌日、王女からの手紙を受け取り、友人をデートに見送ると、王子はその手紙を懐に大事に忍ばせたまま、彼の代わりの職務に奔走した。
 愛しい王女からの一年半ぶりの手紙。
 結局きちんと読めたのは、夜友人が訪ねてくる三十分ほど前のことだった。


  ◇◆◇◆◇


 成り行きとはいえ、ディルクとライサは王都でデートと言えなくもない時を過ごすことになった。

(余計な根回ししやがって……俺の想い筒抜けかよ、はぁ……)

 ぽりぽり頭を掻きながらディルクはすぐ横の彼女を見やる。

「……悪いな、俺の案内で」
「えっ、どうして? ディルクは王都に一番詳しいんでしょう。姫様にもお話したいし」

(そういえば、王女様はこの国や王都を見たことはないんだもんな)

 自分の街や国を愛しい人にも見せたいーーそんな気持ちがごく普通に浮かび上がる。以前ならそんな発想すらなかっただろう。
 彼女の見聞きしたことは王女にも伝わると考えれば、王子が王都の案内をさせたかったのも納得がいく。

(まぁ、他に案内もいないか)

 思いつつも、自分の街で二人で過ごせる現実には、やはり顔が緩みそうになり、ディルクは必死に心を落ち着かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...