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後編

第十三章 隣国からの来訪者-1

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 ディルクはガルに言われ、ラクニアの西へ逃げた賊たちを追った。
 普段なら警備隊や兵に任せるところなのだが、ラクニアの怪事件を追っていて、皆手が空いてないとのことだった。

「どうせ難事件の解決の糸口をまだ見つけてなくて、今俺に街中見られたくないとかそんなことだろうけどさ」

 変にプライドあるからなーガルは、と呟きながら単身荒野を行く。

 フィデスとボルスは明日王都の仕事を片付け次第、ラクニアに来ることになっている。
 魔力の残りを考えると心許ないが、久しぶりの一人は少しホッとした。
 従者にも大分慣れてきてはいるのだが、やはりどうにも化け物としての自らのリスクを考えると緊張する。
 それなのに王子も周りも、従者の次は恋人だの嫁だの無責任なことばかり言ってくる。

「潰すのなんて、一人でたくさんだってのに」

 今は存在するだけで、王都にいられるだけで十分なのだから。


  ◇◆◇◆◇


 賊たちに襲われていた一人の少女を後ろに庇いつつ、目の前に標的を捉え、ディルクはなけなしの魔力を編み出した。

落雷サンダーボルト!」

 昔とは比べ物にならない弱い爆発。
 しかし突如、男の悲鳴と共に少女の悲鳴が聞こえ、ディルクは驚き振り向いた。
 一瞬、目を離した隙に別のメンバーが彼女に手を出したのかと思ったが、他に人は見当たらず、皆黒こげになって倒れている。
 だが、無事な筈の少女の顔は恐ろしい程に蒼白だった。

 ディルクはその顔を知っていた。
 この世にあってはならないものを見たような、恐怖。
 ナリィがディルクのオーラを見た時のようにーー。

 突如、ディルクの心臓が跳ね上がった。
 彼は慌てて額に手をやり、なんの飾り気もないそのサークレットに触れると背後を振り向く。そして、自分のオーラが露わになっているわけではないと確認すると、ようやく思考を取り戻した。
 しかし彼女の顔は変わらない。というより、今の彼の一連の動作も動揺も目に入っていないようだった。

(俺に驚いたわけじゃないのか? でも他に驚くようなことも別に……?)

 ディルクはとりあえず気絶した賊たちを縛り上げ、廃墟の瓦礫の陰にまとめるが、その間も彼女はピクリとも動かない。
 まさか自分の放った初歩魔法に衝撃を受けているなどとは夢にも思わない彼は、一連の仕事を終えると改めて何のアクションもない少女に向き直った。
 そして今は貸したマントを羽織っているものの、半裸で襲われかけていた事実を思い出す。

「えっと……大丈夫か?」

 意を決して声をかけ返ってきた反応で、ディルクへの恐怖や驚愕でないことはすぐにわかった。
 なんだか言葉がちぐはぐでおかしいが、一生懸命お礼を言おうとしてくれているのもわかる。
 蒼白な表情は、未遂だったものの襲われかけていた恐怖からかもしれない。
 彼にとって、おかしな言葉など、とても些細なことだった。

 少女はディルクが差し出した手を取り、立ち上がろうとする。しかし思いもかけずふらついたので、彼は咄嗟に支えた。

「慌てなくていいから、座れよ」
「ご、ごめ、ん。ありが、とう」

 困惑しながらゆっくり座り、じっと黙り込む少女。顔はまだ青く、動くには少し時間が必要かもしれない。

(でもここに残して去って行くのも薄情、か)

 それならと、ディルクはこの場で少し眠って待つことにした。
 昨日もあまり寝ていないし、後でフィデスとボルスも来ることになっており、そうしたらもう休んでいられない。
 少女はその間にどこへなりとも行ってしまうかもしれないが、それはそれで構わなかった。
 貸したマントを持って行かれてしまうかもしれないが、半裸で行けというのも酷だし、何を盗られても調達できないものなどない。額のサークレットくらいだろう。
 そもそも盗人とも思えないし、いきなり刺されるとも思えない。
 何にしてもこの先のことは起きてから考えればいいことだった。


 ディルクが目覚めるのを、彼女はきちんと待っていた。
 身なりを整え、貸したマントを綺麗にたたみ、言葉もしっかりとお礼を言ってくれる。この時間は無駄ではなかったようだ。

「私、ライサ! あらためてどうもありがとう! これから王都に行くつもり。あなたは?」
「王都?」

 初めて見る少女だし、自分を知らないようだし、王都民ではないはずだ。親戚でもいるのだろうか。
 ディルクはまだここでの目的を果たしていないので王都には帰らないが、賊の残党もいるかもしれない。ラクニアまでは送るかと立ち上がる。
 返してもらったマントを羽織ると、少女が遠くのラクニアに目を向けている間に、さっとガルにメッセージを飛ばした。
 戻るのに少しかかるので捕らえた賊の引き取りよろしく、と。
 詳しい報告はライサを街に送った後にでもすればいい。

 完全に立ち直った様子の少女に、彼は簡単に名乗った。

「俺はディルク。んじゃライサ、ラクニアまで行くか」

 そして、この世界の物ならぬ電話の着信音を耳にし、真実に気づいたのは、その僅か半日後のことだった。
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