32 / 64
前編
第十一章 王子の恋文-3
しおりを挟むこの日以来、王子は少しずつ回復に向かっていった。
ディルクが時間を見つけては、隣国の王女を訪ねてくれたからだ。
クアラル・シティから王宮の道も、複数回の転移魔法を『竜の瞳』に記憶することで、短時間の往復を可能にする。
そして、王子の完全復帰に国民がほっと息をなでおろした頃。
東聖シオネは静かに息を引き取った。九十歳を三カ月過ぎた頃のことだった。
ディルシャルク・アルナ・ロードリー、十五歳にて第九十三代目東聖に就任ーーーー。
◇◆◇◆◇
「またかよ、最近多すぎだろ絶対。見合い話だってたくさん来ているくせに!」
王子はにこにこしながら、いつものように新米宮廷魔法使いに手紙を渡した。
「姫が心配してしまうんだよ。僕が妻を娶ってしまうんじゃないかとね。嘆かわしいじゃないか」
「お前がわざわざ伝えるからだろ! この前も王女に聞かれたよ!」
ディルクは奪うように手紙を受け取る。
流石に最近まずい気がしていた。
もう体調も戻り、万全の状態で成人までしたのに、来る見合い話全てを断っている。このままではこの王子、生涯結婚しないのではないかと。
王族は血縁だというのに。引いては国家の大問題だ。
その時、部屋の扉がノックされ、医師サヤが顔をだした。
「やあサヤさん、お勤めご苦労様です」
「……フィデス……お前も来いよ、怒っていいと思うぞ、お前は」
王子が不調の時に散々迷惑をかけ、それを自分の不甲斐なさ故と落ち込んでいた彼女にだけは、王子は不調の原因を明かした。
サヤはその相手が隣国の王女だということに大層驚いたが、原因自体に関しては、
「仕方ありませんね。どんな名医にも治せないと言いますし」
納得し、自分を責めるのだけはやめたようだ。
「そうだサヤさん、私もおかげで元気になりましたし、今度はディルシャルクについてみませんか?」
「え?」
「はぁ!?」
突然の王子の提案に、その場の二人はそれぞれに衝撃を受ける。
「おま……お前、そういうことを、何も考えず……っ!」
ディルクの身体がわなわなと震える。怒りで全身が震えるとか何年ぶりだろうと。
対して王子はあっけらかんと続けた。
「考えてるよ。君は責務が多すぎで、対する魔力も弱すぎ。全然思うように動けていないんだろう? 従者が必要だよ」
王子は東聖になれば『竜の髭』を外すかと思っていたのだが、彼は相変わらずつけ続けている。
心の傷がどうこうよりも、このままでは仕事の効率が悪すぎるのだ。
「問題ねぇよ! ちゃんとこなしてるだろ!」
「どうかな、サヤさん」
抗う言葉を流してにっこり言う王子に危機感を感じ、ディルクは慌ててサヤの手を掴んで扉へ向かう。
「行ってくる!」
荒々しくそれだけ言うと、王子の部屋を後にし、そのままサヤを廊下の隅へ導いた。
「すまんなフィデス。王子のいうこと、真に受けなくていいからな」
サヤはその表情に心臓が跳ね上がった。
一つ下のこの王子の友人にドキドキするようになったのは、いつからだったろうと。
「わ、私はその……」
貴方の従者になっても構わない、むしろ嬉しいーーそう伝えようとしたところで彼に阻まれる。
「見合い……王子の結婚相手候補、本当はフィデスも入ってたんだろ?」
王女の話だけでも十分失礼に当たるのに、とディルクはため息をついた。
そう、王子の主治医として上京したのはそういう目的もあるからと、サヤは家の者から聞いている。
しかし彼女自身に王子に思い入れがあるわけではなく、あくまで患者として親身になろうと、助けようと思って来ていた。
それどころか、王子の友人の方にむしろ惹かれてしまっている。
もしかしたら王子は気づいているのかもしれないとサヤは思う。
「王子様をそんなに責めないでください、ディルシャルク様。私は貴方にお仕えすることも大変名誉なことだと思っています」
「はは、優しいなぁ、フィデスは。ありがとうな!」
でもあんまり王子を甘やかしちゃ駄目だぞーーそう言うと、従者の話は有耶無耶に、彼は国宝『竜の瞳』の起動を始めた。
隣国へ転移する、もう見慣れた光景だ。
彼の姿が消えた後、サヤはそっとため息をついた。
なかなか見えてこないことだが、気づいてしまったことがある。
愛だ恋だ以前に、彼はあまり人を寄せ付けようとしない。
それで全部一人で背負うことになっても、とにかく人と関わらないように動くのだと。
王子は友人のことが心配だった。
彼が東聖になったからといって、何かが大幅に変わったわけではない。
王都の民の為にいつもどおり働き続け、数年前の彼への恐怖は殆どなくなり信頼も厚くなっている。
しかし東聖シオネ亡き後、更に人を関わらせなくなり、自分からどんどん孤独になっていっているようにも見えた。
「別に、全部俺がやればいいことだし」
そう言って『竜の髭』をつけ、本来の力を抑え込んだまま、人を寄せ付けず全ての仕事を友人は請け負う。
(頭のいい君が、効率の悪さに気づいていない訳でもないだろうに)
わざと自分を追い込んでいるのだろうか。あの女性のことを忘れないためにーー。
でも今ならわかる。本当に愛する人ができれば、きっと全て乗り越えられると。
遠い日の憧れではない、自分から離れたくない、一緒にいたいと思える程の相手ならば。
人を寄せ付けない彼が、そんな存在に気づけるかはわからないが。
「『竜の髭』なんて迷わず外してしまえる程、夢中になれる人が現れればいいのに……」
窓から空を眺め、王子はそっと呟いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
33
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる