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前編

第十一章 王子の恋文-1

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 しかし、その一ヶ月後、とうとう王子は倒れてしまった。

 サヤは必死で王子に回復魔法をかけた。
 しかし、これもその場凌ぎのドーピングに過ぎない。根本的解決にはならない。
 こんなにも王子様のために何もできないなんてーーサヤは自分の無力さに情けなくなり涙を浮かべる。

「シルヴァレン!」

 その時、先月会った次期東聖の少年が、ノックもせず部屋に飛び込んで来た。

「ディル……シャルク……?」
「お前な、倒れたって、何やってるんだよ!? ちゃんと食事とってるのか?」

 王子が力なく苦笑する。サヤが代わりに答えた。

「いいえ、王子様はもう三日、水しかお口にされておりません」
「はぁぁぁ!? シルヴァレン! もうお前無理矢理でも食わせるぞ!?」
「そ、それは、勘弁願いたい……」

 王子が起き上がろうとしたのでサヤは慌てて支えた。いつもより少し笑顔が戻っている気がする。
 二人は城内どころか王都の皆が知るほどの親友だが、相当な信頼関係なのだと彼女は思う。

 ディルクはあらためて王子を眺め息を飲んだ。痩せたを通りこして、このやつれ様。
 そして公務は今までこなしていたという。食事もとらずそんなことしていたら、こうなるに決まっている。

「少しふらついただけなんだけどね。皆大袈裟なんだから」

 そう言って執務室に戻ろうとする。足元はふらふらだ。
 ディルクは見ていられず、王子をトンっと手で突いた。
 軽い突きにも関わらず、王子の身体は簡単に寝台へ倒れ込む。

「何するんだい、ディルシャルク」
「どうせ寝てもいないんだろ」

 はぁ、とディルクは大きなため息をついた。
 サヤが即座に王子に再び回復魔法をかけようとするが、ディルクがその手を止める。そして低い声で呟いた。

「悪いけど、少し外してくれないか」

 彼の顔からは笑みが消え、ぞっとするくらいの深刻な表情が浮かんでいる。
 サヤは何も聞けずにさっとお辞儀をすると、静かに部屋を出て行った。

 扉が閉まるのを確認し、ディルクは王子に向き直る。

「……一応確認しておく。忘れるつもりはないんだな?」

 不明瞭な言葉だが、王子は意味を正確に把握した。
 このまま身が朽ち果てようと、王女を忘れるつもりはないのかーーと。
 震えながらコクリと頷く。

「忘れられるならばとっくに。悩んだり……しないよ」

 ディルクは額に手を当てる。王子からもらったその国宝に。

「俺は、こいつを外すつもりはない」

 彼はゆっくりと言葉を選ぶように続ける。いつでもこの話を遮ることができると言わんばかりに。
 しかし王子は黙って彼の話を促した。

「だから昔ほど魔力は使えないし、転移魔法だってロクにできない。だから、できることは多くない。期待はしないというなら……」

 彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

「……行ってやるよ、隣国に」

 堪えきれず涙を流す王子を、ディルクは久しぶりに眺め嘆息した。


  ◇◆◇◆◇


「甘いなぁ、俺も」

 王子から借りた国宝『竜の瞳』でクアラル・シティに転移し、中央駅へと向かう。
 なんとなく残しておいたお小遣いが役に立つとは思わなかった。
 クアラル・シティから王都まで、高速鉄道で七、八時間なのだと聞いたことがある。
 相手の居場所に迷わないのは幸いだ。王女は確実に王都の王宮のどこかにいるのだから。

 二年ぶりのクアラル・シティだが、感慨にふける間もなくディルクは列車に乗り込む。
 誰かの様子を見に行こうとは思わなかった。もうけじめはつけたのだから。

 列車は思った以上に、ディルクの興味を刺激した。
 途中の景色やスピードは元より、乗り物の快適性や乗客の様子まで。
 大分この世界に関して知ったつもりでいたが、まだまだ全然なのだと溜息をつく。

 ーーーーいつか、自由に行き来出来るようになるといいなーーーー

 いつぞやのニーマの呟きをぼんやり思い出した。


 クアラル・シティとはまた違う大都市の雰囲気を感じながら、ディルクは王宮の城門まで迷うことなく辿り着く。
 彼は更に、一般市民に公開しているエリアにチケットを買って入場した。

「これでこっちの通貨は終了、か」

 紙のパンフレットを隅までチェックし、見所の一つである美しい庭園から王城を見上げる。

「何処にいるのか皆目見当もつかないな。呼びかけることができないのは不便だよなー気配も読めないし……」

 ディルクは木蔭で人がいないことを確認すると、なけなしの魔法で姿を消した。

「見つかって追われて、逃げ切るくらいの魔力はある、はずっ」

 弾みをつけて飛び上がり、公開エリアから侵入禁止エリアへ向かう。
 窓の外から探す方が危険は少ないはずだ。見当をつけて屋内に転移するくらいで丁度よいだろう。


  ◇◆◇◆◇


 王女は自室の窓際でぼんやり外を眺めていた。
 年下の友人は今日もずっと研究に励んでいる。宮廷博士号をとるのだと、寝る間もなく勉強をしているという。

「姫様、本日のファイル、ここに置いておきますね。目を通されるようにと国王様からのお達しです」

 婆やはそれだけ言うと退室して行った。
 ファイルの内容は分かっている。結婚相手の候補一覧だ。
 十六になったと思ったら毎日のようにやってきていた。
 王女はそれには目もくれず、顔を突っ伏した。

 一人になると特に、寂しさが込み上げてくる。あの夢のような時間はなんだったのだろうと。
 何もする気がおきない。もう全てがどうなってもいいとすら思っていた。
 だから、すぐ近くに人がいることにも気づかなかった。
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