21 / 64
前編
第八章 禁断の出会い-1
しおりを挟む彼がいたところに落ちていたそれは、まだ新しい血の痕だった。
「これ、血? ディルシャルクの? 一体何があったんだ?」
あんなに取り乱すなんて。自分の顔を見て逃げ出すなんてーー。
王子は咄嗟に追いかけたが、追いつくことが出来ず森の中で見失ってしまった。
巨大な転移魔法を展開させ、移動した後だったのだ。
「な……これ、転移魔法? すごい……!」
王子は長距離転移魔法にそんなに詳しくないが、見たこともないような魔法構成だ。その跡からは何処に向かったのか見当もつかない。
これを自分が追いつくものの数秒で作成し、転移して行ったというのか。あれだけの宝石で魔力を抑えたままーーーー王子は思わず目を覆う。
「なんでこんな……僕がどう頑張っても得られない力を……君は……」
誰よりも東聖に相応しいその力を持ちながら、それを抑え込み、怯え続けている。
東聖の内定も、全てを放棄するようにーー。
「絶対許さない。東聖を降りるなんてさせない!」
王子は転移の魔法跡を見据えて言った。
誰が何と言おうと、この強大な可能性をここで見失うわけにはいかない。
「僕は君を諦めないよ、ディルシャルク」
懐から小さな玉を取り出す。
それをぎゅっと掴むと、王子は迷いなくその魔力を発動させた。
小さな玉ーー国宝『竜の瞳』。それは魔法の痕跡から同じ魔法を今一度発動させる国宝である。
つまり王子はこの日、ディルクの転移魔法の痕跡を使い、本来なら使えない筈のその魔法で、そうとは知らずに足を踏み入れてしまったのだ。
禁断の地、隣国、科学世界へとーー。
◇◆◇◆◇
「ええっ、もういないとか! 行動早過ぎだよ、ディルシャルク」
そんな世界とはつゆ知らず、王子は転移先で即座に友人の姿を捜すが、その姿を見つけることはできなかった。
ため息をつきながら、とりあえず竜の瞳を懐にしまう。
「あれ?」
ふと、首から常にかけているペンダントの真珠様の珠が、一つなくなっていることに気がついた。
国宝『竜の魂』。持ち主の命を珠の数、即ち今手持ちの三回まで守護する効力がある。
つまり珠が一つないということは、一度命を落とし生き返ったということである。
境界の壁を越えた時、ディルクは全治一月の怪我を負ったが、そもそも命を取り留めたこと自体が奇跡だったとも言える。
「う、うわ、なんで!? 何処で死んだんだ? あーもう、怒られるなー父上に」
そしてここは何処、と王子はあらためてキョロキョロしながら頭を抱えた。
国宝のおかげで気づかなかったが、王子は結界に弾かれ、ディルクが転移した荒野とは異なる位置、すなわちクアラル・シティの街中に転移してしまっていた。
「それに夜? ラクニアも王都も日は昇ってるはずなのに。意識失った覚えとかないのに?」
見たことのない街だった。建物から雰囲気から全く心当たりがない。
少なくとも、訪れたことのある四大都市のどれでもない。
「とすると、本土じゃなくて島の方……カタート地方とか?」
そういえば十五の誕生日に賜ったものの、あまり訪れていないなと考えながら歩き出す。
しかし、それにしては大きな街だ。四大都市に匹敵する程の大きさではなかろうか。
いっそのこと誰かに聞いてみればいいのだが、夜で人通りは殆どない。
どうしたものかと考えていると、向こうの方からようやく一人、男性が近づいて来たので、王子は咄嗟に呼び止めた。
「あの……」
「ん? 俺か? なんだ坊主?」
サラリーマン風のその男性は立ち止まったが、声をかけてきた当人から他に何の反応もなかったので、「夜遊びは程々にしろよ」と言いながら去って行った。
女性ならばもう少し気を止められたかもしれないが、王子にとってはかえって好都合だったと言える。
男性は、この身なりのよい高校生くらいの少年が解する言葉に、疑問を持たないまま去ってくれたからだ。
地方による方言や発音に違いがあっても、オスフォード王国内において、言葉自体が通じないことなどない。
とすると、心当たりは一つしかない。
王子の心臓がドクンと跳ねた。全身が緊張し、冷や汗が流れる。
「もしかして隣国……科学世界……メルレーン王国……?」
何百年も休戦し国交がないため、国民の間では幻の存在と化して久しいのだが、将来国王となる王子は、敵であるこの隣国の知識もきちんと教えられていた。
それは決して夢でも幻でもないことを。
「嘘だろ……なんて所に来るんだよ、ディルシャルク……」
そうまでして魔法から、王国から力の限り逃避したかったのかと悲しくなる。助けてあげられなかった自分に嫌気がさす。
でもーーと王子は顔を上げた。だから迎えに来たんだ、一緒に帰るのだと。
一つ深呼吸をし、改めてこの未知なる世界を見据える。
彼は初めて、自分の常識や権力の通じないこの世界に身震いした。
◇◆◇◆◇
「いいですか、姫様、お昼までにきちんとこの課題を終わらせてくださいね」
自分より三つも下のお目付役、もとい友人はそう言って部屋を退出して行った。
姫と呼ばれた今年十三歳になったばかりの王女シャザーナは、扉が閉まる音を聞くと盛大にため息をつく。
「なんで同じ量の課題出されて、もう終わってるのよ、あの子は」
先日王宮のアカデミーから友人として迎えた彼女だが、まだ日が浅いからか、なかなかに主従関係が消えてくれない。もう少し気を抜いてくれてもいいのにと肩を落とす。
学校が近いのだろうか、窓の外からは子供達の楽しそうな声が聞こえてきた。
午後からはこのクアラル・シティの児童施設をいくつか訪問することになっている。いつもいる王城と違った行事は楽しみではあるのだが。
目の前には、今朝教師から渡された課題がまだ山積みになっていた。
「ちょっと……気分転換」
少女は椅子から立ち上がると、唯一単身で自由に出入りできるこの別荘の庭園へと向かった。
そこそこ広い庭園には、花壇を始め、ちょっとした池や木陰の出来る木に芝生、薔薇のアーチなどがあり、周りは頑丈な塀で囲まれている。
その塀も乗り越えようとすれば警報が鳴り、警備員がとんでくる筈だ。
そんな所だからこそ、王女も好きに出入り出来るのである。
「ふー」
木の麓のベンチに座り、葉の間から覗く空を見上げる。心地よい風だ。
木漏れ日を浴び小鳥の囀を聞きながら、王女はうとうとと目を閉じた。
◇◆◇◆◇
王子は一晩中ふらふらと歩きながら、街の郊外へ出ていた。
気づけば夜が明け、太陽は眩しく、街に人が戻っている。
友人を捜さなければと思ったのだが、考えてみたら、境界の結界に阻まれて魔法世界への通信は出来ないものの、こちら側にいる彼だけは、いつでも呼びかけることが可能なのだと気づく。
逃避しに来た以上、そう早く戻ってしまうとは考えにくい。
王子がここまで追ってきたことを知れば、責任感の強い彼のことだ、きちんと気分転換すら十分出来ないまま、王子を連れて魔法世界へ帰ろうとするだろう。
「もう少し、そっとしておいた方がいいのかな」
道路から外れ木々の生い茂る中、煉瓦造の立派な塀を確認すると、王子はよいしょとその塀にもたれかかった。
(君は化け物なんかじゃないよ。その力はみんなを守る為にあるんだろ。すごく、心強いじゃないか)
だから戻っておいでよ、ディルシャルクーーーー。
目を閉じると、以前の明るい笑顔の友人の顔が思い浮かんだ。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる