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忘却の河のほとりには

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 「また、そのお話ですか・・・」

 「身体が疼いて疼いて、たまらないのだろう? そもそも、そなたがそんな干上がった場所で満足するか? 妙なところに籠もったものよのぅ」

 「おかげさまで大変、居心地がいいです。元よりこの場所が合っていた・・・」

 「な~にを言う。妖精界と人間界を彷徨い、行く当てもないそなたを快く歓迎し、公爵という地位も魔界司令官という役職も与えたのは、誰ぞ? その恩を忘れたか、ん~?」

 「恩など仇で返すのが魔族では?」

 「な~にを言っておるのだ、そなたは。守るべき道義がそれなりに魔界にもある・・・と思うようにならぬか」

 魔王がどこかで聞いたことがあるような言葉を発した。

 「・・・ところで、その鞘はどうされました?」

 乳白色の気品ある生地に、黄緑色の刺繍が優しく光っている。前回の通話の際にはなかった物体について、ラシュレスタが尋ねた。

 「ん~? コレか・・・コレはのぅ・・・リリートゥがあまりにもせがむものだから、久しぶりに相手にしてやろうと思ったらのぅ。失神しおったわ・・・まだ挿れてもいない内にな。しかも聖気にあたって、記憶が吹っ飛んだらしく、やたら、わけのわからないことまで口にするわ」

 やれやれ・・・とぼやくゼフォーの背中には。黄金の矢が突き刺さったままになっている。聖なる気でやられたのは魔王の方だ。

 なぜだか、すっぽりと自分との記憶が抜けているのだ。魔王自身はまったく気がついていないが。

 ラシュレスタの脳裏に、その疑問を尋ねた際に、破顔一笑した美しい存在が浮かんだ。

 兄が叶えてくれたのだとしか詳細は教えてもらえなかったが、どうやら神秘なる力が働いたらしい。

 「お取りにはならないのですか?」

 愚問とわかっていて、ラシュレスタが儀礼的に尋ねる。復活に向けて、魔獄谷で再生に専念していた際にも手放さなかったのだ。取るわけがない。

 「バカなコトを・・・これは我が弟がくれた、我への愛の証ぞ」

 魔王がうっとりとした表情を見せた。

 「ジクジクとのぅ・・・攻め入ってくるのよ、こうしている時ものぅ。我の邪気が拒もうとするとのぅ、そんなことは許さぬとばかりに、突き入れてくるのよ。それはそれは激しくのぅ」

 ハァァ・・・とこれみよがしに息を吐いた。

 「たまらぬわ・・・」

 「それで、その・・・人間界に災いをまき散らしすぎた天罰に・・・と愛しの弟君が突き刺して下さった矢とやらを、大切に保管するために鞘を?」

 「ん~ というよりものぅ、欲求不満になったリリートゥがのぅ、故郷の職人に作らせたのよ。魔界の王が矢に突き刺されたままでいるのは、威厳がどうのこうの言っておったがのぅ、アレはただ、自分がしたいだけよ。ある程度の霊気を押さえる、特別な呪符を妖精たちに織りこませた布よ」

 確かに、王が矢が刺さったまま動く鳥のような状態であれば、周囲としては複雑な気持ちになるだろう。

 「どうだ、うらやましいだろぉ~? 我が弟が、我に、この我だけに、特別にくれたものよ・・・そなたになら、今、特別に見せてやってもいいぞ? ん~?」

 したり顔で魔王が問いかける。優越感に浸っているのだ。

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