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忘却の河のほとりには

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 「ラシュレスタ・・・」

 なぜ、来てしまったのか。来る必要などないのに。煉獄の霊気まで使って。

 全ては自分への愛のためか――シャルスティーヤが困ったように眉をひそめて、その愛しい相手に微笑んだ。

 「ゼフォーさま・・・」

 深層における魂のやり取りなど、シャルスティーヤの真意など、わかりようがないラシュレスタが、魔王に向き合う。囚われた愛しい存在を救うために。

 「いよいよザルキスごときに、乗っ取られましたか?」

 だが、その声かけよりも前に、魔王は既に怒りで震えている。

 自分が完全に貶めてやった相手がかつての姿を復活させて現れた。しかも復活どころではない。その身の内から、聖なる霊気が溢れ出ている。

 なにがあったかなんて確かめるまでもない。さらに、シャルスティーヤからの情のこもった呼びかけ。許せない。

 「ラシュレスタァアァァーーッ!! おのれぇえぇぇ~~!!」

 全身から、ドォォオン!! と邪気が火柱のように湧き上がった。

 「まだでしたか? それならそれで、低級な魔獣と化す前に、最愛の弟君の・・・残り香くらい・・・嗅がせて差し上げても・・・いいですよ」

 震える声音でされた挑発的な言葉とともに。意味深に襟元を指先ではだけてみせた。全ては自分に気を引かせるために。

 「ラシュレスタ・・・ダメだ、いけない」

 そのあまりにも焚きつけるような振る舞いに。危険を察知したシャルスティーヤが、カッと高次元の光を全身から放って、拘束を解く。

 「おのれぇえぇーーっ、この出来損ないがぁあぁぁーーー!!」

 もはや、ラシュレスタしか目に入っていない魔王が跳ね上がった。

 ガァァッァ"ァア"ァァ"ァーーーッ!!

 表面化していたザルキスをも一瞬にして飲みこみ、自らが暗黒の邪龍と化して、ラシュレスタに襲いかかる。バッ!! とラシュレスタが白金の翼を広げた。

 (まずい!!)

 カシャン、カシャン、カシャン!!

 シャルスティーヤが即座に、左腕の防具を十字弓クロスボウ型の武具へと変化させる。

 長さも幅も腕の数倍ある聖具が、黄金の輝きとともに立体的に装着される。身構えた。一発で仕留めないと意味はない。

 上空を旋回して、魔王をなるべく引きつけようと、白金の粒子を散らせながら飛び続ける姿。執拗に追い続けていた邪龍が、口を開けて襲いかかる。

 「アブラハム、呼べっ!!」

 ラシュレスタが魔鏡を持った右手を上げた。
 
 『へぇっ!!』

 異空間から返事が聞こえ、鏡面が光を放つ。

 「させるかぁあぁぁぁーーー!!」

 魔王が飛びかかる。

 (間に合わない!!)

 シャルスティーヤが焦ったその瞬間、ガッ・・・と魔王の身体が縫い止められたように、突然、宙で止まった。

 その背中の一点が黄金色に輝いている。ここを狙えとばかりに。

 (あれは・・・)

 シャルスティーヤが認識する。と同時に、ビュンッ!! と弓矢を放った。

 シャャアァァァァーーーッ・・・・・・

 黄金の翼のついた弓が。槍に近い大きさの聖具が閃光のように宙を走り抜ける。

 ザンッ!! と命中した。あわせて、ラシュレスタの姿が鏡の中に吸いこまれる。

 「ギャアアァァァーーー!!」

 空間を切り裂くような叫び声とともに、その身体がブワッと霧散して消えた。

 一気に静まりかえり、自分だけとなった場で。フゥ・・・とシャルスティーヤが息を吐いた。

 あの光の現象がなかったら、到底、間に合わなかったと振り返る。

 「兄上、ありがとうございました・・・」

 礼を述べた後、フワフワと落ちてきた、自らの魔鏡をシャルスティーヤが手で受け止めた。


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