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魔鏡 “アブラハムには十三体の子”

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 そのモコモコとして、一目でその弾力性がわかる真っ赤な布地の座面と背面。肘掛けや縁の部分には、金銀の刺繍と宝石がちりばめられている。ゆったりと足も伸ばせる豪華な長椅子。

 くつろぐ気などないラシュレスタがチラリ一瞥した後、けだるげに首を振った。立ったままケープの下で腕を組んで、魔鏡が出現するのを待っている。

 だが、魔煙がユラユラと揺らめく、陣の中心部ではなんの変化も起きなかった。

 「あれ・・・?」

 こんなはずはないのに・・・と、あからさまな動揺がインとサツに漂う。

 「えっ? なんで? なんで?」

 「えっ・・・まさか失敗してないよね?」

 中の様子をうかがうようにして黒煙の周りをアタフタとする彼らに、ラシュレスタがクルリと背を向けた。バルコニーに向かってスタスタと歩き始める。

 「ラ、ラシュレスタさま、お、お待ち下さいませ!! い、出でよっ!! アブラハムには十三体の子!! 命に従え!!」

 サツが慌てて叫び、ラシュレスタが幕に手をかざした途端、その声は聞こえてきた。

 「・・・へぇ、ここにおります・・・でありんす」

 逆の方向にある垂れ幕へと三者の顔が一斉に振り返る。視線の先には――幕と黒いモヤに半身を隠して、オドオドと様子を伺う大きな鏡の姿があった。

 「お前さ・・・なんで、そこなの? 普通、こっちだよね?」

 「なにしてんだよ。ここだろ、来いよ!!」

 インがズカズカと歩いて近づき、縁を掴んで幕の中から引っ張り出す。そのわかりやすいほど素に戻って、怒りつけているような淫魔たちの様子。

 まとっている黒と紫色の魔煙は、彼らよりも遙かに強大な魔妖力を漂わせている。だが、明らかに格下扱いされていることから、魔物と妖魔の混ざりモノかとラシュレスタがその正体を見極めた。

 おそらくはもともと鏡と縁がある妖魔に、魔王が魔力を注ぎ続けてここまで強力化させたに違いない。

 「す、すみません・・・でありんす。な、なんて言うん・・・でありんすか? とんでもない怒気って言うん・・・でありんすか? ありゃりゃ~ こりゃりゃ~ お取り込み中だなぁ~ って感じたもの・・・でありんすから?」

 「お取り込み中だなぁ~ ってさ・・・こっちは呼んでるわけだからさ!!」

 「なに考えてんだよ!!」

 二体から小突かれた魔鏡がヘコヘコと謝りながら、魔陣の中央部、定位置に浮かび上がる。

 「えらくすみません・・・でありんす」

 ラシュレスタより丈のある楕円形の最上部をぐにゃり曲げると、脇から出ている細く長い紫色の両手をスリスリと合わせて詫びた。

 (道化か・・・)

 本来の性質なのか。後付けで仕込まれたモノなのか―――

 いずれにせよ、そのとぼけた言動と名称からしても、退屈に緩慢に時が流れる魔界において、面白おかしい光景や滑稽なネタを探させては、あるじを楽しませる役割を担わせているに違いない。

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