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魔王の誘い

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 まるで叶わぬ想いを抱き続ける自分をいたわるかのような言葉。だが決してそうではない。即座にラシュレスタが頭を下げたままフッと口角を上げた。

 (よく言う・・・)

 闇に堕ちてから一体どれほどの年月が経ったか。まさに幾星霜。長く美しい髪を持った弟たる存在とは異なり、短かく豊かだった巻き毛はその黄金の面影を露とも残さずに闇色と化し、今は褐色の地肌が透けて見えるパサついた白髪交じりと化している。

 聡明さを漂わせていたエメラルドグリーンの瞳も漆黒に色を変えただけでなく、どこか疲れ切った老年の人間のように暗く病んで、常に黒ずんだクマに覆われている。

 最高天使としての至上類い稀なる肉体美も体躯の良さが唯一の名残か。だが、それも前屈みとなった翁の姿勢をあえて好む今では不健康さの方で印象に残る。
 
 変容したのは外見だけではない、その本質も然り。時が経てば経つほど、幾度となく表面化していたかつての属性はその維持の時を短くし、不浄な獣が浮上し占有することで頻度を奪われた。

 いや、もはや境界線はあるのか――そこまで考えて、ラシュレスタがふと思い直す。あるのだ、境界線は。背負った者が想い続ける限り、明確に失われることのない、そして越境することのないボーダーが。底の底の底には。故に侮蔑しきれないやっかいな存在。

 「下がれぇぇ~」

 魔王が稚児に向かってけだるげに手を振った。

 これまでとはナニかが違う。その気配を瞬時に察する嗅覚はたいしたものだと、パタパタと退室していく小さな背中を横目で追いながら、ラシュレスタが感じ入った。

 玉座を降りた魔王が跪いたままでいるラシュレスタへゆったりと近づいてくる。黒皮のサンダルを履いた足まで覆う、赤黒いローブがシュルシュルとした衣擦れの音をわずかに起こす。

 その姿は地上で皇帝と呼ばれる人間がまとっている衣装をアレンジしている。肩から垂れ下がる深紅のドレープとその上に羽織った黒い鎧のチュニック。

 ともに金の紋様が編みこまれ、黄金で作らせたアームカバーや頭部をぐるりと囲む草冠が豪華さを増させている。

 だがしもべたちに上質な布生地で忠実に再現させながらも、その色合いと首回りの様子は明確に異なっている。

 丸襟ではなく、頭頂部を隠すように扇のような形で高く立っている襟。異なる民族衣装の要素をあえて取り入れ、ケバケバしくしている様。こだわったのだろう。

 神話の源から生活様式まで、貴族階級制、軍隊、役職といった概念を地上に降ろした存在は、人間界で独自展開した文化を取り入れることにやぶさかではない。

 「ラシュレスタよ・・・」

 同じように片膝を立てた姿勢で目の前に跪いた魔王がラシュレスタのあごを手で上げ、視線を合わせてきた。

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