アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

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第13章 黄金の林檎の園ヘスペリデス

8 待っていた者

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「この曲って…」
「アルカディアの精霊ニュンペー族が好む民謡だ…そうだな、少しご機嫌伺いに弾いておくか」
「えっ…」

 ご機嫌伺いとは誰に対してのものなのか。 
 尋ねようとした矢先に、オルフェウスが背負っていた竪琴リラを身体の前へと移すと直ちに奏で始めた。
 
 トゥララ・ラ・トゥララララ~…トゥララ・ラ・トゥララララ~…トゥララ・ラ・トゥララララ~……

 長いまつげをふせて、たおやかな指先で琴線を弾いているその姿は、耳を潤わせる音色とともに柔らかくて優美だ。
 わぁっと歓声を上げてプシュケーたちもまた嬉しそうに歌い出し、その霊気の混ざり合った音楽が、まるで波紋を立てるようにしながら周辺へと広がっていく。

(すごいな…)

 舟を押す水の精霊たちが嬉々として霊気のこもった気泡を水面から飛ばせば、それらを風の精霊たちが地へと流して分け与え、木々に潜む精霊たちが受けとめては、土の精霊とともに一層色鮮やかに草地を息吹で輝かせる。
 なんて幻想的で、調和に満ちた美しさなのか。
 疑いなく舟の上の麗人、オルフェウスの竪琴が中心となって生み出されている刹那の夢幻だ。

(こんな形で…聞けるなんて…)

 これこそがまさに天上界の演奏だと。
 心から打ち震え、もう少し聴きたいと切に望んだことが、いま使命の終着点でこうやって叶っている。
 幸せなことじゃないかと秘かに染み入った。

 やがて舟は白い靄のような聖なる気に包まれ、大いなる存在に招かれるようにして岩に囲まれた洞穴の中へと入っていく。
 オルフェウスが手を止め、プシュケーたちもまた歌を終えて、飛んで舟から離れたその直後――

「待っていたぞ」

 薄暗い洞窟の中でしゃがれた声が鳴り響いた。

(あっ…)

 山のように大きい塊の前にピタリと舟が止まったかと思いきや、その黒みがかった物体が決して山でも岩でもないことに気がつかされる。
 縦に細長い瞳孔が走る、緑柱石の光沢を持った大きな瞳がこちらをじっと見つめていた。
 鉛のような色合いの鱗で全身を覆い、盛り上がった背や長い尾の先にまでゴツゴツとした骨板や棘が付いたその生き物はドラゴンだ。

「百の変化ができる身だが、少し力を使いすぎてまだ人の姿を取れない。この手で抱いてやることができずにすまない……我が息子よ」

 顔を地面に下ろしたままの、竜からのその呼びかけを耳にした途端に涙が滝のように溢れ出た。
 父さんっ――と気がつけば、舟底を蹴り、跳ね上がってドラゴンの顔の横に降り立っていた。

「思い出したのか?」
「ちがっ…ちがっ…わから…ない…けど…けど…」

 身体が勝手に動くのだ。
 思わず鋼のような鱗に身を寄せれば、ふわんっと温かい竜の霊気にくるまれて、間違いなく自分の親だと細胞の一つ一つが叫び声を上げる。
 あぁ…と言葉にできない感情がこみ上げた。

「なにも…なにも…思い出せ…ない…けど…けど…父さんだって…ふっ…」

 嗚咽が止まらない。
 そうだ、お前はワシの子だと。
 ワシの自慢の優しい子だと告げられて、涙がさらに流れ落ちた。
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