アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

文字の大きさ
上 下
132 / 153
第13章 黄金の林檎の園ヘスペリデス

2 ヘスペリデスの園

しおりを挟む
 どういうわけだか美しい森の中にいる。
 豊かに生い茂る葉がサワサワと風に吹かれては波打ち、枝ではチチチッ…と小鳥たちが競うようにさえずっていて。
 見渡す限りに広々とした空間には糸杉の木々や月桂樹が所狭しと立ち並び、幹の下には花々が咲き乱れていて、まばゆいほどの色鮮やかさでもって目に入りこんでくる。
 けれどもなぜ、このように霊気に満ちた場所にいるのか。

(ハデス神殿では…ない…)

 大きな岩盤の上で膝まで水流に浸る姿勢で寝かされていた状態も似てはいるが、やはり異なっていた。

(霊水…なのか…)

 岩の下でサラサラと流れている水をじっと見つめた。
 幽水といった感じはしない。
 けれども神殿の庭で経験したように、ぽわんっ、ぽわんっと時折、水面から揺らいで生まれた物体が肌の上へとせり上がってくる。
 どちらかというと薄い気泡に近い黄白色の玉だが、触れては弾け、また浮かび上がっては触れてくる――それらの感触がとても心地よくて、ここはどこなんだと改めて感じ入った。

「ラドンさまに早く伝えに行かないとねーーっ」
「ほんとだねーーっ」
「でも、あの方には? あの美しい方には伝えなくていいの?」

 ラドンさまとは、あの方とは、一体誰のことだろうか。
 黄緑色の透けた羽根からパタパタと光る鱗粉を撒きながら、円陣を組むように肩を抱き合って丸くなっている姿は邪悪な属性には思えない。
 どちらかというと真逆だ。
 その無垢にも感じられる三体にどことなく親しみを覚えながら、あのさ…と声をかけた。

「君たちはさ、誰…なのかな? ここは…どこ…なんだ?」

 すると、ぐるんっと一斉に振り返ったプシュケーたちに声を合わせて叫ばれた。

「やっぱり忘れてるのかーーいっ」
「えっ」
「もーーっ、へスペ、ペリデ、リデスだよーーっ」

 わかっててもショックだよねと、同じ声で同時に訴えてくる顔を見た途端に三つ子だと理解した。
 髪型も顔も身体つきも、着ている貫頭衣トゥニカも羽根の色も全てが同じだ。
 ただ頭の上から釣り竿のように前に垂れ下がっている、おそらくは誘因突起であるだろう物体の発光している色だけが異なる。
 確か青色がヘスペ、緑色がペリデ、黄色がリデスだと記憶の中の知識が自然と浮かび上がった途端に、居場所の地名が閃いた。

(ヘスペリデスの園…か…)

 世界の西の果て、アルカディアの地にある果樹園だ。
 そこにある、不死の源と称される黄金の林檎を手に入れること。
 それが自分たちの最後の使命だったはずだ。
 その土地に既に着いていたのかと思った矢先に、ふわぁっと青色と緑色の二体が飛び立った。

「とにかく、ラドンさまに早く知らせに行かないとねーーっ」
「ほんとだねーーっ」
「えっ…あの方はいいの?」
「お供のちっこい鳥が呼びに行ってるし、そっちはいいんじゃない?」

 あ、そっかと頷いて黄色のプシュケーもまた身体を浮かせて合流する。
 空中でじゃれ合うようにしながら、先に行ってるねーーっという言葉ともに光の球になって消え去った。

(なんだったんだろう…)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ACCOMPLICE

子犬一 はぁて
BL
欠陥品のα(狼上司)×完全無欠のΩ(大型犬部下)その行為は同情からくるものか、あるいは羨望からくるものか。  産まれつき種を持たないアルファである小鳥遊駿輔は住販会社で働いている。己の欠陥をひた隠し「普通」のアルファとして生きてきた。  新年度、新しく入社してきた岸本雄馬は上司にも物怖じせず意見を言ってくる新進気鋭の新人社員だった。彼を部下に据え一から営業を叩き込むことを指示された小鳥遊は厳しく指導をする。そんな小鳥遊に一切音を上げず一ヶ月働き続けた岸本に、ひょんなことから小鳥遊の秘密を知られてしまう。それ以来岸本はたびたび小鳥遊を脅すようになる。  お互いの秘密を共有したとき、二人は共犯者になった。両者の欠陥を補うように二人の関係は変わっていく。 ACCOMPLICEーー共犯ーー ※この作品はフィクションです。オメガバースの世界観をベースにしていますが、一部解釈を変えている部分があります。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...