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第10章 怪異王アウゲイアスと不気味な異母兄弟
12 なんだ…あれは…
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過去について踏みこんだ質問をするのは初めてだ。
ゴクリと我知らずに嚥下した。
知りたいような、決して踏みこんではいけないような不可解な感覚に襲われる。
だが意外な返答が戻ってきた。
「いや、特に」
「えっ…でも…なんか…その…アルゴナウタイの話とかで…」
「あぁ、あれか」
「なんか…意気投合していたように見えたけど…」
オルフェウスが腕を緩めて、フフッと瞳を細めた。
「アウゲイアスがかつてアルゴナウテースだった自分を誇りに思っていることはよく知られた話だ。なんてことはない、それに適当に合わせただけだ」
「えっ、けど…かなり詳しい話をしてた…というか…」
「アルゴー船の有名な逸話を少しばかりかいつまんで、相手の期待に応じるよう、もっともらしく能書きを垂れただけだ」
「そ、そうなのか…」
はたして本当にそうなのだろうかと胸の内で自問する。
適当に合わせていたようには到底思えない。
出会った時にヘリオスと名乗っていたのではないのか。
それとも冒険談に出てくる、誰かの名を語ったのか。
尋ねてみたいが、この場で問い詰めるつもりはない。
疑って掘り下げれば、きりがない上に、記憶のない身にはオルフェウスが告げることが真実でしかありえないのだから。
(オレは…オルフェウスを…)
失いたくない――そう心から感じている。
余計な過去を知ることよりも今のこの関係を守りたいのだ。
「どうせ、バレているのだから遠慮することはない。イオン、五割まで闘気を復活させろ」
「クィイィ」
「なにがあってもディケを守れ、いいな? 外はオリュンポスへの忠義に厚いピューレウスに守らせる」
スッと目前で立ち上がったオルフェウスを、待ってと即座に引き止めた。
「だ、大丈夫なのか…本当に…」
「すぐに片付けてくる。心配はいらない」
「でも、その…エウリュトス? クテアトス?って…どんな奴なんだ」
「あぁ、ただの雑魚だ」
(ただの雑魚って…)
取り付く島もないほどにきっぱりと切り捨てられて、あ然としてしまう。
「では、行ってくる」
ヒラリと長い外套を翻した体躯が、階段を使う必要はないかと告げながらバルコニーへと向かった。
「ちょっ、ちょっと…オルフェウス…ど、どこへ…」
まさかと驚く視線の先で、欄干に手を置いたと思った時にはスッと長身がその向こう側に消えた。
「なっ…」
よもや飛び降りるとは。
高さをわかっているのかと即座に駆け寄り、手摺りに手を置いて見下ろした途端にズォンッと地面が放射線状に粉塵を広げながら揺れた。
所々に松明を持って立っていた屈強な兵士たちが、うおぉっと声を上げながら上下に揺れる。
その中心点で、なんてことはないといった様子でスラリとした美形が立ち上がった。
驚異的な身体能力に声も出ないが、それ以上に地上で待ち受けていた存在に目を見開いた。
(な、なんだ…あれは…)
ゴクリと我知らずに嚥下した。
知りたいような、決して踏みこんではいけないような不可解な感覚に襲われる。
だが意外な返答が戻ってきた。
「いや、特に」
「えっ…でも…なんか…その…アルゴナウタイの話とかで…」
「あぁ、あれか」
「なんか…意気投合していたように見えたけど…」
オルフェウスが腕を緩めて、フフッと瞳を細めた。
「アウゲイアスがかつてアルゴナウテースだった自分を誇りに思っていることはよく知られた話だ。なんてことはない、それに適当に合わせただけだ」
「えっ、けど…かなり詳しい話をしてた…というか…」
「アルゴー船の有名な逸話を少しばかりかいつまんで、相手の期待に応じるよう、もっともらしく能書きを垂れただけだ」
「そ、そうなのか…」
はたして本当にそうなのだろうかと胸の内で自問する。
適当に合わせていたようには到底思えない。
出会った時にヘリオスと名乗っていたのではないのか。
それとも冒険談に出てくる、誰かの名を語ったのか。
尋ねてみたいが、この場で問い詰めるつもりはない。
疑って掘り下げれば、きりがない上に、記憶のない身にはオルフェウスが告げることが真実でしかありえないのだから。
(オレは…オルフェウスを…)
失いたくない――そう心から感じている。
余計な過去を知ることよりも今のこの関係を守りたいのだ。
「どうせ、バレているのだから遠慮することはない。イオン、五割まで闘気を復活させろ」
「クィイィ」
「なにがあってもディケを守れ、いいな? 外はオリュンポスへの忠義に厚いピューレウスに守らせる」
スッと目前で立ち上がったオルフェウスを、待ってと即座に引き止めた。
「だ、大丈夫なのか…本当に…」
「すぐに片付けてくる。心配はいらない」
「でも、その…エウリュトス? クテアトス?って…どんな奴なんだ」
「あぁ、ただの雑魚だ」
(ただの雑魚って…)
取り付く島もないほどにきっぱりと切り捨てられて、あ然としてしまう。
「では、行ってくる」
ヒラリと長い外套を翻した体躯が、階段を使う必要はないかと告げながらバルコニーへと向かった。
「ちょっ、ちょっと…オルフェウス…ど、どこへ…」
まさかと驚く視線の先で、欄干に手を置いたと思った時にはスッと長身がその向こう側に消えた。
「なっ…」
よもや飛び降りるとは。
高さをわかっているのかと即座に駆け寄り、手摺りに手を置いて見下ろした途端にズォンッと地面が放射線状に粉塵を広げながら揺れた。
所々に松明を持って立っていた屈強な兵士たちが、うおぉっと声を上げながら上下に揺れる。
その中心点で、なんてことはないといった様子でスラリとした美形が立ち上がった。
驚異的な身体能力に声も出ないが、それ以上に地上で待ち受けていた存在に目を見開いた。
(な、なんだ…あれは…)
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